「桂さん、お誕生日おめでとうございます!!」
「おお、小五郎!おめでとさん!!」
・・・
そう言って笑う、二つの太陽はもう、ない。
今年もまた、この季節がやって来た。
数ある季節の中、ここまで心苦しくなる季節は他にあるだろうか。
彼女とはこの京の地で二年間過ごした。
彼女を未来へ帰したのは...私だ。
...それは今は亡き、かけがえのない友の願いでもあった。
“晋作…”
あいつがいつも身に着けていた首輪を、汚れてしまったこの手で強く握る。
病状が悪化した晋作は私の手を弱々しく握り、必死に訴えかけてきた。
…その願いは、当時の私には到底受け入れ難いものだったが…。
「小五郎!」
「桂さん!」
私の名を呼び、駆け寄ってくる二つの太陽のような笑顔は、
既に雲に隠れてしまった。
“桂小五郎”
その名も、当の昔に捨てた。
“木戸孝允”
今では周りからそう呼称される。
半生を共にした友も、最愛の娘も…全てを失い、一人になった今。
私は再び心を閉ざし、感情を表に出さないように努めている。
受け止める人間など、いないのだから。
空に居る晋作には、笑われてしまうだろうか。
…それとも怒鳴られてしまうだろうか。
彼女と出会う前の私は、心なんて有るようで無いようなものだった。
…だが、意図的に感情を殺している今、
ふと気付いた時に涙が零れていることがある。
そんな時、必ず空に昇っているのは、半透明に白く輝く昼間の月だ。
...いつか、彼女に言われた言葉を思い出す。
"桂さんは冷たい月なんかじゃない!"
"...昼間に昇る、この世界で一番素敵な月です。"
あの日誓った、"永遠に共に居よう"と契りは、ついに果されることはなかった。
「私には、眩し過ぎる太陽だったな。」
...そう呟く私の足は嘗ての都、長州藩邸に向かっていた。
・・・
・・・・
・・・・・
「この道は...。」
足が進むに連れ、当時の記憶が鮮明に甦る。
この道はあの夏祭りの日、新撰組から逃れる為に、
私..."逃げの小五郎"が用意した裏道だ。
「まさか、ここに続いているとは...。」
・・・!!
ふと口から零れた言葉に、驚く。私も、変わったものだ。
今まで"勘"で動いた事は無かったのだが...。
やはり、二つの太陽の存在は途轍もなく大きかったのだと、
今となり気が付く己に複雑な念を抱く。
「少しは石頭が割れたかい...晋作?」
決して戻って来ることの無い問い掛けが、雲ひとつない空に切なく響く。
私は一つ、苦笑を浮かべると藩邸へ向かってまた歩き出す。
"もっと色々なものが見てみたい"
そんな好奇心が私の足を一層急かした。
鼻を刺すように甘く薫る、梅の花。
藩邸前にひっそりと佇む、
晋作がこよなく愛した梅の花が其処にある。
「…何も、変わらないな…。」
変わってしまったのは、私達人間だけ。
醜い争いも、睨み合っているのもこの世で人間だけだ。
「…本当に、馬鹿げている。」
時々、自分のしている事の価値が分からなくなる。
…その内、この藩邸も取り壊されてしまうだろう。
さすれば、この梅の花も…。
…私は梅の樹から一本、枝を折ると自身の懐に、傷つけぬようそっと仕舞った。
・・・
永遠に、遺しておきたいものがある。
いくら時が経ち、己の身体が朽ち果て風化したとしても
この地の温もり、友と彼女への想いは、この胸に閉じ込めておきたい。
「私に、出来るだろうか。」
二つの太陽が去って以来、漸く消えかけた
“逃げ癖”がまた大きくなり、私の心を常にざわつかせている。
すっかり、怖気づいてしまった。
「我ながら、情けないな…。」
いくら名を改めた処で、結局“逃げの小五郎”は拭えない。
もっと強く成らねば、これからの日本では厳しいだろう。
あの二つの太陽のように、私も“白い月”として、ひっそりと輝くこととしよう。
晋作、お前の方はどうだ?
心残りはあるだろうが、もう病に苦しむ事なく休めているだろうね。
…お前の志は、必ず私が果す。もう暫くかかるだろうが、見ていてくれ。
...娘さん、悲しい思いをさせて、本当にすまなかった。
当時の私には、どうしてもそれしか出来なかった。
だが、後悔はしていない。
...私の願いは、君が末永く笑っていられること。
もしも、それが叶えられているならば、私は多かれ少なかれ救われる。
...どうか、元気で。本当に愛していた。
薄っすらと、涙で滲む空へ想いを馳せる。
しっかり、届いているだろうか...。
どんなに遠く離れ、例え二度と逢えなくなろうとも、
この地の梅の花の薫りだけは、変わらず私を迎えてくれる。
この景色を、私は生涯忘れないだろう。
"新しい日本を創ってゆく"
それを待ちわびている晋作、そして遥か未来を生きる娘さんの為にも、
私は一生を捧げると改めて決意しこの藩邸を去る。
娘さんから貰った、最初で最後の誕生日の贈り物。
"似合っていますよ"と笑う姿が目に浮かんだ。
また伸ばし始めた己の髪に、この簪は、一生使い続けるだろう。
“また、いつか。”
彼等と逢える日を夢見て…。
…暮れかけた陽の中、ゆっくりと月は昇ってゆく。
「おお、小五郎!おめでとさん!!」
・・・
そう言って笑う、二つの太陽はもう、ない。
今年もまた、この季節がやって来た。
数ある季節の中、ここまで心苦しくなる季節は他にあるだろうか。
彼女とはこの京の地で二年間過ごした。
彼女を未来へ帰したのは...私だ。
...それは今は亡き、かけがえのない友の願いでもあった。
“晋作…”
あいつがいつも身に着けていた首輪を、汚れてしまったこの手で強く握る。
病状が悪化した晋作は私の手を弱々しく握り、必死に訴えかけてきた。
…その願いは、当時の私には到底受け入れ難いものだったが…。
「小五郎!」
「桂さん!」
私の名を呼び、駆け寄ってくる二つの太陽のような笑顔は、
既に雲に隠れてしまった。
“桂小五郎”
その名も、当の昔に捨てた。
“木戸孝允”
今では周りからそう呼称される。
半生を共にした友も、最愛の娘も…全てを失い、一人になった今。
私は再び心を閉ざし、感情を表に出さないように努めている。
受け止める人間など、いないのだから。
空に居る晋作には、笑われてしまうだろうか。
…それとも怒鳴られてしまうだろうか。
彼女と出会う前の私は、心なんて有るようで無いようなものだった。
…だが、意図的に感情を殺している今、
ふと気付いた時に涙が零れていることがある。
そんな時、必ず空に昇っているのは、半透明に白く輝く昼間の月だ。
...いつか、彼女に言われた言葉を思い出す。
"桂さんは冷たい月なんかじゃない!"
"...昼間に昇る、この世界で一番素敵な月です。"
あの日誓った、"永遠に共に居よう"と契りは、ついに果されることはなかった。
「私には、眩し過ぎる太陽だったな。」
...そう呟く私の足は嘗ての都、長州藩邸に向かっていた。
・・・
・・・・
・・・・・
「この道は...。」
足が進むに連れ、当時の記憶が鮮明に甦る。
この道はあの夏祭りの日、新撰組から逃れる為に、
私..."逃げの小五郎"が用意した裏道だ。
「まさか、ここに続いているとは...。」
・・・!!
ふと口から零れた言葉に、驚く。私も、変わったものだ。
今まで"勘"で動いた事は無かったのだが...。
やはり、二つの太陽の存在は途轍もなく大きかったのだと、
今となり気が付く己に複雑な念を抱く。
「少しは石頭が割れたかい...晋作?」
決して戻って来ることの無い問い掛けが、雲ひとつない空に切なく響く。
私は一つ、苦笑を浮かべると藩邸へ向かってまた歩き出す。
"もっと色々なものが見てみたい"
そんな好奇心が私の足を一層急かした。
鼻を刺すように甘く薫る、梅の花。
藩邸前にひっそりと佇む、
晋作がこよなく愛した梅の花が其処にある。
「…何も、変わらないな…。」
変わってしまったのは、私達人間だけ。
醜い争いも、睨み合っているのもこの世で人間だけだ。
「…本当に、馬鹿げている。」
時々、自分のしている事の価値が分からなくなる。
…その内、この藩邸も取り壊されてしまうだろう。
さすれば、この梅の花も…。
…私は梅の樹から一本、枝を折ると自身の懐に、傷つけぬようそっと仕舞った。
・・・
永遠に、遺しておきたいものがある。
いくら時が経ち、己の身体が朽ち果て風化したとしても
この地の温もり、友と彼女への想いは、この胸に閉じ込めておきたい。
「私に、出来るだろうか。」
二つの太陽が去って以来、漸く消えかけた
“逃げ癖”がまた大きくなり、私の心を常にざわつかせている。
すっかり、怖気づいてしまった。
「我ながら、情けないな…。」
いくら名を改めた処で、結局“逃げの小五郎”は拭えない。
もっと強く成らねば、これからの日本では厳しいだろう。
あの二つの太陽のように、私も“白い月”として、ひっそりと輝くこととしよう。
晋作、お前の方はどうだ?
心残りはあるだろうが、もう病に苦しむ事なく休めているだろうね。
…お前の志は、必ず私が果す。もう暫くかかるだろうが、見ていてくれ。
...娘さん、悲しい思いをさせて、本当にすまなかった。
当時の私には、どうしてもそれしか出来なかった。
だが、後悔はしていない。
...私の願いは、君が末永く笑っていられること。
もしも、それが叶えられているならば、私は多かれ少なかれ救われる。
...どうか、元気で。本当に愛していた。
薄っすらと、涙で滲む空へ想いを馳せる。
しっかり、届いているだろうか...。
どんなに遠く離れ、例え二度と逢えなくなろうとも、
この地の梅の花の薫りだけは、変わらず私を迎えてくれる。
この景色を、私は生涯忘れないだろう。
"新しい日本を創ってゆく"
それを待ちわびている晋作、そして遥か未来を生きる娘さんの為にも、
私は一生を捧げると改めて決意しこの藩邸を去る。
娘さんから貰った、最初で最後の誕生日の贈り物。
"似合っていますよ"と笑う姿が目に浮かんだ。
また伸ばし始めた己の髪に、この簪は、一生使い続けるだろう。
“また、いつか。”
彼等と逢える日を夢見て…。
…暮れかけた陽の中、ゆっくりと月は昇ってゆく。
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