『かき氷…?』
「はいっ、かき氷です!」

・・・
・・・・
・・・・・

「暑い・・・。」

初めて体験する、夏の京都。
ま、まさかこんなに暑いものだったなんて・・・。


「黙れ。小娘が口を開くと暑さが三割増す。」
「・・・確かに話せば話す程暑くなっていくからね。」
「うっ、そんな・・・。」
大久保さんはまだしも、桂さんまで・・・でも暑いものは暑いし。

「でも暑いじゃないですか。」
「煩い、と言っている。お前は耳が無いのか馬鹿娘。」
ば、"馬鹿娘"なんて・・・。いくら暑さでイラついてるからって酷い。

少し、カチンときてしまった。


「・・・大久保さんこそ静かにしたら良いじゃないですか・・・。」
「娘さん・・・。」
「・・・小娘には、少し躾が必要なようだ。」
「し、しつけ・・・?」
「桂君、悪いがこの礼儀の無い娘を、我が薩摩藩邸にて暫く預かる。
君も仕事が減った方が楽であろう。」

「大久保さん、待ってください。」

桂さんの言葉を聞き終えることなく、
大久保さんは私の腕を熱のこもった手で掴み、ずんずん引っ張っていく・・・。


「大久保さんっ!!」
「・・・。」
「大久保さんってば...!!」
「・・・っ。」

舌打ちされたっ。そんな一方的な事ってないって・・・。
・・・なんか、この熱を冷ませるものって無いかな・・・?

・・・
・・・・
・・・・・!!

「あっ、かき氷!」
「・・・は?」
「かき氷・・・?」
「暑いなら、かき氷作りましょう!」
かき氷なら、少しなら涼しくなるはず。
宇治抹茶なんか掛けちゃったら・・・、もう最高・・・。

「娘さん、この季節に・・・氷はなかなか手に入りにくいよ。」
「あっ・・・。」
そうか・・・、冷蔵庫なんて無いのか。
・・・どうしよう。

「夏氷・・・か。桂君、実は先刻、加賀藩から氷が届いてな。」
「えっ、本当ですか!?」
声に振り向く桂さんよりも先に、少し興奮した私が答えてしまった。

いつもみたいにふっと口角を上げる大久保さん。
・・・心なしか、さっきより少しだけ涼しげな表情をしてる。

・・・そんな大久保さんが、急に私の腕を引き寄せた。


「・・・薩摩藩邸へ来るのであろう?小娘。」
「っ・・・!!」
突然、耳に熱い大久保さんの息がかかって、思わず大久保さんから離れた。
耳を抑えながら後ずさる私を複雑そうな表情で見ていた桂さんは、そっと身体を支えてくれた。

「・・・大久保さんも熱に冒されているようだ。さあ、早く支度をしなくては。」
そう言うと、桂さんは出かける準備に部屋へ戻ってしまった。

"ふん。"と、少しだけ不機嫌そうな大久保さんを横目に、
部屋へ入っていく桂さんの背中を私はそっと見つめていた。

・・・

待たせたね…と用意を済ませた桂さんは
いつもとは違う、少し鮮やかな色の着物を羽織っていた。

「…桂君、珍しいな。」
「晋作からの借り物ですからね。綺麗に使わなければならない。」
「果たして、其れだけか…。」
「さぁ…どうでしょう。」
…何かピリっとした雰囲気になってきた。少し、まずいかも…。

「はっ、早く行きましょう!氷が溶けちゃいますよ。」
“ああ。”という素っ気ない返事とは対照的に桂さんは優しく私の手を引いてくれた。

…桂さん、綺麗だなぁ。
高杉さんの着物もすごく似合う。
何をしても画になるなんて素敵。

「…どうしたんだい、じっと見つめて。」
「……。」
「娘さん…?」
「へっ…? わっ‼」

「おっと…。」

私、すごいぼーっとしてた。
気付いたら、桂さんの整った顔が目の前に…。

…やっぱり綺麗。

私は思わず、桂さんの頬に手を伸ばした。

「っ、娘さん…?」
「桂さんは、本当に綺麗です。」

「…何をしている、この色惚け者共め。」

「「えっ…?」」
「桂君まで全く。…その娘に毒でも盛られたのか?」
「っ、大久保さん‼」
今、一番毒を盛りたいのは大久保さんだよ‼
…あっ、でもこれ以上は溢れちゃうかも。
「ふっ、小娘可笑しな顔をするな…桂君も、まるで初めて恋を知ったようだな。」
「っ‼」

…高らかに笑うと、大久保さんは先に行ってしまった。
取り残された、私と桂さん。

「…おや、暑いのかい?顔が真っ赤だけど…。
藩邸はもうすぐだ、あと少し頑張れるかい?」
「かっ、桂さんも赤いですっ‼」
「…冗談はやめなさい。」
「はっ、はいっ‼」
…冗談じゃないんだけど。
しかも、声がひっくり返った‼
…なんか、前にもこんな事があった気がする。

「ふふ。」
…桂さんは、意味深な微笑みを浮かべて
さっきよりも少しゆっくり、私の手を引いて行った。

・・・
・・・・
・・・・・

薩摩藩邸に到着すると、
門の前になにやら大きな箱が置いてあった。

「まさか、あれじゃあないですよね...?」
「勿論、あの箱だが。文句があるのか?」
あっ、あんな大きな氷なの!?

「娘さん、口が開きっぱなしだよ...。」
「へっ?」
「ほら、また...ね?」
ふわりと笑って、私を見る桂さん。
そ、そんなに可笑しな顔してたかなぁ。

「んっ、ん!!」
「おっ、大久保さん...。」
大久保さんが、わざとらしく...すごくわざとらしく咳払いをした。

「我が藩邸で逢引は控えろ。」
「す、すみません。」
「えっ、娘さん?」

桂さんは少し驚いた顔をしていたけれど、
大久保さんにこれ以上不機嫌になられちゃ身が持たない・・・。
私は少し怪訝そうな表情の大久保さんの背中を一生懸命追った。


-長州藩・桂小五郎-

・・・この娘さんは、自覚がないのか?
それとも、逢瀬の意味を知らないだけか?
いや、どちらにせよ本人は無自覚なのだろうね。
あの大久保さんにまで嫉妬させるというのは...
彼女は何か花嫁修行でもしてきたのだろうか。

彼女に対する疑念は...
いや、彼女の行動に対する疑念は増すばかりだ。
何ひとつ答えが見つからない。
今日だって、こうして夏氷だなんて。
彼女は男心を掴む達人だな...。
・・・
「桂さーん!!」

私を呼ぶ彼女の方を振り向くと、
腕いっぱいに氷を抱え、私の方へ向かってくる。
あれほど冷たい物を、彼女は一人で運ぶのか?

頭よりも先に、身体が駆け出していた。
...ああ、いつか晋作に言われたな。

"鈍感な小五郎君は、やっと気付いたか"と。

その当時は意味が分からず腹が立つだけだったが、やはり私は鈍感なのだろう。

「娘さん、危ないよ。私が半分も持とう。」
「えっ、大丈夫ですよ!ほら、持ち上げられるし...」

一体全体、何が大丈夫なのだろうか。
彼女の足はふらついている上、額には滝のような汗が流れている。

「嘘はいけない、ほら。」
「あっ...!」

彼女の力無い手から氷を半分受け取ると、私は藩邸の中へと歩き出す。
・・・今頃大久保さんは、極渋茶でも飲んでいるのだろう。

ふと後ろを振り返ると、彼女は自身の冷えた腕に息を吹きかけ、温めていた。
やはり、冷えてしまったのだろう。

「無理は、してはならないよ。」
「う・・・。」
痛い所を突かれたのか、娘さんさんはだらりと頭を垂らした。

「ほら、早く向かわないと、また逆鱗に触れてしまうよ。」
「すっ、すみません。」

わざと彼女から離れ歩き始めると、懸命に私の後を追ってくる娘さん。
・・・私は君の、その仕草が好きなんだ。

---
----
-----

「入れ。」
娘さんを連れて、大久保さんに案内された部屋へ入る。
心なしか大久保さんの表情が冴えないのは、私の気のせいだろうか。

『失礼します...。』
一歩部屋へ踏み入れると、我が長州藩邸とは比較にならない程、
異国の物資がずらりと飾られている。

「うわぁ。すごい・・・。」
隣の娘さんも、瞳を輝かせて部屋を見回している。

「あっ、大久保さんっ!これ、私の時代にもありますよ!!」
そう笑顔で指差したのは...時刻計?

「あっ、今ってもう一時ですか...。」
「ほお、小娘でも読めるのか...。」
「あ、当たり前ですよ!一応未来人なんですからっ!!」

「ふっ...。」

そんな二人のやり取りがやけに滑稽で、私は思わず微笑が零れる。


「何だ、桂君が笑うなど珍しい...明日は雪か?」
「えっ、珍しいですか?桂さん、結構笑いますよね?」
「えっ...そうかい?」
・・・私は、己の自覚の無い内に笑う人間になっていたのか?

この場に、晋作が居なくて良かったな。
また、鈍感だと馬鹿にされる所だった。


ふと大久保さんに目をやると少し驚いた顔をした後、

なるほどな。
と意味深に呟き、不敵な笑みを浮かべる。

大久保さんまで、一体何なんだ。
私は、何か彼に妬まれるような事をした覚えは無いんだが。


「まあ良い。小娘、桂君、始めるぞ。」
「はいっ。」
「あ、ああ。」

先程の大久保さんの微笑が、頭から離れず、
私は氷の処理になかなか手が進まずにいた...


-薩摩藩・大久保利通-

何だ、寺田屋と高杉君くらいかと思っていたが、彼もなのか。
全く、この娘の魅力に勝てる者は誰もいないのか。

...私も、人の事を言えぬか。
そんな己に苦笑しつつも、私は暫く桂君を見つめていた。
私の視線に気づいた桂君は、何故だか気不味そうな顔をしていた。
が、瞬時に小娘の呼ぶ声に振り向き、彼の関心は其方へ向いた。

なかなか、興味深いではないか。

...加賀藩から送られてきた氷に触れる。

「っ...。」
手が、焼けるように冷える。
こんなにも冷えた物を、小娘が運んできたのか。

『あっ、大久保さん、手が冷えちゃいますよ!』

"ぎゅうっ"
「!」
「こうすれば、少しは温かいですよね。」

「ふっ。」
「なっ、何がおかしいんですかー!?」
「...静かに。」
「っ...!」
小娘の言葉を遮るように、私は手を強く握り返した。

「お前がしたように、しただけだが。」
「お、大久保さんっ!」
頬を赤らめて、手を払うその仕草。

「か、桂さんの方を見てきます!」
ひらりと花弁が散るかのように去っていく、その後姿。

その全てが、恋しい。
全て、己の物にしてしまいたい。
私は小娘の手の温もりを感じながら、
しばらく反射鏡に輝く、小娘の後姿を眺めていた...。


78.jpg

「で、出来たー!!」
「うん、なかなかの出来だ。」
「極渋だろうな、小娘。」

三人で協力して作ったかき氷は、
今まで私が食べてきた中で一番美味しそうに見える。
暑い中、頑張った甲斐があったなぁ...。

ほとんど、働いたのは桂さんと私だけだったけど...。
・・・
・・・・
・・・・・
「では、頂こうか。」
「はいっ、頂きます!」
桂さんの合図と同時に、私はお匙に手をつけた。

「待て、小娘。」
「えっ...?」
隣の大久保さんに、声をかけられる。
折角、最初の一口をもらっちゃおうと思ってたのに...。

「私の手は氷に触れたせいか、悴んでいて使い物にならぬ。...小娘、私に食べさせろ。」
「「なっ...!」」
桂さんと私の声が重なるのも、無理はない。
だって、大久保さんは人差し指一本、
氷に触れただけでほとんど何もしてないんだもん。

「大久保さん、それは流石に図々しくありませんか?」
「何だ桂君、焦っているのか?」
「っ...!」
桂さんが出してくれた助け舟も、敢え無く沈没...。


「早くしろ、小娘。」
「はぁい...。」
私は仕方なく、大久保さんの口元に掬った氷を運んだ。
抹茶が染みていて、一番美味しいところ。
本当はそこが貰いたかったのに...。

「うむ、なかなかだな。」
「それは結構でした...。」
桂さんは一人、口に運んでは心配そうに私を見てくれている。

「・・・。」
「何だ小娘、不服そうだな。」
「だってまだ一口も食べてないんですもん。」
「まあ良いではないか、お前は何度も食べた事があろうに。」
「うー・・・。」
私のお腹は、もう音をあげてしまいそう。
そろそろ本気で食べたい!!


「娘さん。」
「はい...?」

「んっ...!」
口の中に広がったのは、少し渋めの抹茶の味。
コクリと溶けた氷を飲み込んで、私は桂さんを見た。

「食べたかったんだろう?」
「あっ...、はいっ...!」
桂さんは振り向いた時に開いていた私の口へ、そっとかき氷を運んでくれた。
少し恥ずかしかったけれど、何だか今まで食べたかき氷の中で、一番甘く感じた...。

「ふん、桂君もなかなかではないか。」
私と桂さんを見て、少し意地悪そうに大久保さんは言った。
「お褒めの言葉、光栄です大久保さん。」
その言葉を聞くと、大久保さんは懐で温めていた右手を取り出し、次々とかき氷を口に運んだ。

「あれ、やっぱり使えるじゃないですか...。」
「小娘は黙っていろ。」
「...すみません。」
心なしか大久保さんが不機嫌なのは、気のせいだったのかな?

・・・

「今日は、有難うございました。」
「礼には及ばぬ。」
夕方になり、日が傾いてきたのをきっかけに私と桂さんは藩邸へ戻る。

...去り際に、大久保さんが桂さんを呼ぶ。

「宣戦布告を、しておこうではないか。」
「喜んでお受け致します。」
会話の内容は、私には良く聞こえなかったけれど...
二人の笑顔は、とても綺麗に輝いているように見えた。
帰り道、行きと同じように桂さんは私の手を引いてくれた。

「手、もう寒くないかい?」
「はい、お陰さまで...。」
「お陰さまって...私は特に何もしていないよ。」
「ふふっ...。」
「おかしな娘さんだ。」

何気ない会話、この時、この瞬間が一瞬一瞬私の大切な宝物。


「おいっ、面白娘、小五郎遅いぞーっ!!」
夕闇に染まっていく街の中、
一人こちらに駆け寄ってくるのは...。

「あれは...?」
「晋作だね...。」
すぐ近くまで来た高杉さんは、私たちの顔を見て驚いた表情で言う。

「なっ、何だその不満そうな顔は...。
夫婦揃って抜け駆けか、大したもんだなっ!」

何を言ってるんですか! 言ってるんだ!
あっ・・・。

『ほら見ろ、周りにはもう気付かれているぞっ!』
私と桂さんは顔を見合わせて笑う。
...私もいつか、小五郎さんって呼べるかな。

そんな願いを込めて、私は桂さんの頬にそっと口付けた...
どんな氷も溶けてしまいそうなくらい、
私と小五郎さんの頬は熱く、そして紅く染まっていった...
・・・
お菓子よりもずっと甘いもの、
ここにあるよ。
・・・

sugar10titles for 幕恋
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