「ふー、結構泳いだっスね...。」

そんな慎ちゃんの言葉に、
皆がうんうんと同意した。

夏の日差しを受けて散々泳いだ結果、
皆は凄く日に焼けている。
...私も、くっきりと綺麗に水着の跡。

「しっかし、娘さんの"みずぎ"にはまっこと驚いたぜよ...。」

「ああ、この時代じゃあ...
考えられないことだからな!」

首を縦に振る皆を見て、
何だか恥ずかしくなる...。
...まさか、女の人が着物のまま入るなんて
思ってもみなかったし。

一人だけあの格好って結構浮くんだよね...。


「まぁ照れるな小娘。
お前が思う程周りはお前を見ていない。」

「なっ...!」 大久保さんっ...!

「いんや、わしは興味深々じゃぞ!」

「何を言う坂本!俺の方がこいつに興味があるぞ!」

"何じゃと!?"と言い返す龍馬さん。
...別に、どうせ私に何の魅力なんて
ないですよーだ。

...少し頬っぺたを膨らます私に、
慎ちゃんが苦笑する。

「まあ気にしないことっスよ、姉さん。
ああ見えて、結構大久保さんも姉さんのことを好いてるんスから。」

「...別に、大久保さんに好かれなくたって良いもん。」

「まあまあ...。それより皆さん、
あそこに温泉があるんスけど...。
折角だから寄って行きませんか?」

慎ちゃんの指差す先には、大きな木の看板。
"日帰り湯屋"って書いてある。
...確かに潮でべたべたしてるし、
寄って行った方が良いかも...。


「...おい、小娘が寄りたそうな顔をしている。」

「あっ、えっ?」

大久保さんの言葉に"ほうかほうか"と、
私の背中を叩き笑う龍馬さん。
早速中へ入って行ったかと思うと、
それに続いて慎ちゃん、武市さん、以蔵と続いていく。

桂さんの後に続いて、私も入ろうとした、
その時だった。


「小娘、この恩は後程返してもらう...。」

大久保さんが、いつもに増した意地悪顔で
私の耳元で囁いた。

「っ...!」

くく...と少し笑っている大久保さん。
...絶対に自分が入りたかっただけだよね。

私は、一つ小さな溜息をつくと、
先に行ってしまった大久保さんの背中を追った。

...

62.jpg

「では、この広間に集合だ、いいね?」

...桂さんの的確な指示で、その場が丸く収まる。
"集合"と言っても、別々なのは女湯の私だけ。
適当に身体が温まったら出れば良いかな...。


"では、後で。"

皆と別れると、私は早速"女脱衣所"と
書かれた暖簾をくぐり、用意を始めた。


...「さて、入るか!」
準備を終えた私は、一応身体に布を巻き、
お風呂へ続く戸を開いた。


「...遅い。」

「へっ...?」


そこには、長い髪を軽く結った大久保さん。
武市さんも、桂さんも...皆勢揃い。


「ま、間違えましたっ!!」

思いっきり戸を閉める。...びっくりしたー。
後で、皆に謝んなきゃ...。

...でも一体入り口はどこ?
しばらく、脱衣所をウロウロする。


「おい、小娘!」


...声の方を振り向くと、大久保さんが戸から不機嫌そうに顔を出している。


「小娘、何をしている。早く入らぬか。」
な、何を言っているの、この人は!?


「えっ、でも大久保さんの方って...
男湯ですよね?」

...私の言葉に、少しだけ口角を上げた大久保さんは、
凄く態とらしく大きな溜息をついた。


「やはり、小娘には分からぬようだな。」

・・・?

「"恩は返してもらう"..私はそう言ったはずだ。」

・・・!!

「なっ...!?大久保さんっ...!」

「暖簾にも記されていたであろう、
"混浴"だと言うことは。」

「大久保さんっ、分かってたんですかっ!?」

「...私が分からぬとでも言うのか小娘。
あの値段で、まさか男女別ではあるまい。」

っ...。言い返せないっ...。

「まぁ、お前のような生娘の身体を見たところで、
何もそそる要素なんて無い。..."恩返し"は後に回そう。」

「きっ、きむすめ...?」


「まだ、男を知らぬ女子の事だ。
...それも知らぬとは。」

また大きな溜息をつく大久保さん。


「私だって---っ!?」

きっと、顔が真っ赤になっている。
...そんな私を制するように腕を引っ張られる。


「はあー...。」

私は、大久保さんに負けないくらいの溜息をつくと、
渋々付いていく。

「おおっ、面白娘!遅かったな!!」

少し不機嫌顔で露天風呂に連れられた私に、
最初に声をかけたのは高杉さん。

...やっぱり、高杉さんも知ってたんだ...。

"お団子頭も可愛いぞ!"
と、私の結った頭をつつく高杉さんの笑顔に反して、
私は大きく頬っぺたを膨らませた。

「姉さん...何か申し訳ないっス。」

「...いやいや、慎ちゃんは悪くないよ。
---慎ちゃんはね。」

...私は横目で大久保さんを見る。
ご機嫌そうに、手をひらひらさせている。

「っ!」

そんな大久保さんに、私は大袈裟にそっぽを向いた。

・・・

暫くお湯に浸かっていた所で、
私は石の上に腰を下ろした。

...ひゅうと穏やかな夏の風が、
濡れた肌をそっと乾かした。
やっぱり、時代は違えど、繋がってるんだな。

ふと、無意識に夜空を見上げると、
隣に腰を下ろしたのは武市さん。
...長くて綺麗な髪を靡かせている武市さんは、
本当に画になる。


「...あの星が、見える?」

「...どの星ですか...?」

「ん、あの小さい星。...僕の指の先だよ。」


武市さんの指を伝って、じーっと
星の方へ目を進める。

「んー...。」

目を凝らすけれど、なかなか見えない...。

「娘さんは、あまり目が良くないのか?」

「あっ、見えました!!」

武市さんの言葉と同時に、
小さく...本当に小さく輝く可愛らしい星が、
ふと私の目に映った。


「あっ、ほら、あそこにも二つあります。」

「ん?...本当だね。」

「この三つの星達、合わせて"夏の大三角形"って言うんです。」

小学校のころに習った星の名前。
幼心に、すごく印象に残っていた。


「"夏の大三角形"か...。詳しいね。」

!!
武市さんに褒めてもらえるって結構嬉しい。

「ありがとうございます。」

思わずお礼を言うと、武市さんは優しく微笑み、
再びお湯へ浸かった。


...もう一度、星達のいる空を見上げる。
よく空を見てみると、あの頃と全く同じで、
本当に何も変わっていなくて...。


「お母さん...。」

気付かない内に、呟いていた。

...! その瞬間、温かな温もりが、
そっと私の背中に降って来た。


「龍馬さん...。」

...彼の名前を呼ぶと、一層、強く抱き締められる。


「...わしが、代わりになれるなんて思わん。じゃが---」

「わしは、おまんを支えたいんじゃ。」


龍馬さんの、温かな言葉に目元が熱くなる。
ありがとう、龍馬さん...。


「ありがとうございます...。」

「私も、龍馬さんを支えたい。」

「「龍馬さん 娘さん。」」


重なった声が、もっと私の心を温かにさせた。


・・・


お風呂からあがると、すっかり
夜が更けていた。

ふと見上げた空には満天の星空。
月明かりに負けないくらいの星明かりは、
一筋の光へと向かう、
まだ薄暗い道をそっと照らし出す。


私と龍馬さんの寄り添う影は、
暗い小道に光を灯すように、温かく伸びていた...---

60.jpg
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。