「うわぁ...。」


私達がやって来た海は、今の海からは...
考えられない位綺麗な澄んだ海。

しかも、朝早いからかほぼ貸切...。



「やっぱ海日和っスよね!」

慎ちゃんも嬉しそうに笑ってる。
...そんな慎ちゃんを見ていると、
徐に袴を脱ぎ始めた。


「...?」

思わず周りの皆を見渡すと、
皆も袴を脱ぎ始めてる。



「水着って...?」

"無いのかな?"龍馬さんに聞こうと思った、
その時...。


「早く泳ごうぜっ!!」
褌一枚になった高杉さんが私の腕を引いて、
思いっきり海へ飛び込む。


「きゃっ!」

水が思いっきり顔にかかる。


「はははっ、すまねえな!」

子供みたいな笑顔で笑う高杉さん。


「ふふっ。」

高杉さんの顔を見て、私も笑ってしまう。

...って、私着物のままだ!

「あのっ、着替えてきます!」

急いで水から上がって、物陰で羽織った着物を脱ぐ。
...折角綺麗な着物が、塩だらけじゃ...ちょっとね。


「お待たせしましたー!」

水場で遊んでいる高杉さんの背中を、
少し力を込めてドンと押す。


「おー、待ちわびたぞ...。...面白娘!?」

「へっ?」

「あっ、姉さんっ、こっちに魚が...!?」

「...晋作、少しは控えてくれ。!?娘さん...その格好は...。」


皆の視線が、私に集中してる。
...何か、おかしな事しちゃったかな?

「...小娘、少しは自重しろ。」

私から、少し目を逸らして自分の羽織を
私の背中に掛けた大久保さん。

...大久保さんは海に入らないみたい。


「なっ!?大久保さんっ、...それは抜け駆けぜよっ!!」

そう言って、大久保さんが掛けてくれた羽織を
返しながら顔を真っ赤にしている龍馬さん。

・・・怒ってる?

「あの...龍馬さん...?」

「おまんも、男の前でそげな格好はあかん!」

「でもっ、皆この格好ですよ!
私のいた時代は...。」


私の言葉に、暑いはずの京の夏が、
凍りついた気がした。

「...娘さん、本気で言っているのか?」

深刻そうな顔で私を見る、武市さん。


「わしらの作る世は、そげな事になっちょったのか...。」

肩を落とす、龍馬さん。


・・・何だか、皆勘違いしてる気がする。


「これは、学校...で決められた服なんです。
別に変な意味とかじゃなくて...。」

"へっ?"といった様子で、私の顔を見る皆。

「それにっ、この変な帽子とか付けてないと、
水の中に入っちゃいけないんです。」

・・・

「そっ、そうじゃったんか...。」

「我々は勘違いしていたようだね。」


どんな勘違いだろう...桂さん。
気になるけど、あまり突っ込まないでおこう。


「だから、あまり気にしないでくださいね。」

あんまり凝視されても恥ずかしいし...。
とにかく、早く海で遊びたい!


「おっ、おう!」

「了解っス!」

慎ちゃんと高杉さんが少し恥ずかしそうに
返事をして、早速海に入ると...。
スイスイと気持ち良さそうに泳ぎ始めた。


「私も...。」


二人に続いて、ちゃぷん...と
海に足を入れた。


「気持ち良い...。」


冷んやりと、一気に身体中の熱が下がっていく。

...腰まで水に浸かると、真水ではない、
懐かしい海の感触。


「よしっ!」

私は早速ゴーグルを着けて泳ぎ始めた。
...とは言え、潜っているだけだけど。


・・・


「おーい娘、ちくとこっちへ来とくれ!」

しばらく、水遊びしていると名前を呼ばれた。
...龍馬さんの方へ向かうと、
龍馬さんの足元には小さな魚達が泳いでいる。

潮風2

「うわぁ...。」

こんなに近くで、泳ぐ魚なんて初めて見た。


「可愛いじゃろ?」

にっこりと私に笑いかけてくれる龍馬さん。
...何だか、可愛い。


「...龍馬さんもです。」

「ん?わしがか?」

...あっ、思わず龍馬さんって言っちゃった。


「可愛いのは、おまんじゃ。」

「っ!?」

龍馬さんっ、急に何言うの!?
ふと、龍馬さんの顔を見ると少し紅くなっていた。

...人に"可愛い"って言われるのって、
意外と恥ずかしいんだな。
しかも龍馬さんなんて...。

幸せだけど、少し恥ずかしい...
何だかふわふわした感じ。


「じゃあ、お互いさまですね。」

龍馬さんに笑いかけると、
龍馬さんも"にしし"と明るい笑顔で笑ってくれた。

あっと言う間にお昼過ぎ。

...しばらく、龍馬さんと話していると、
序々に人が増えてきた。


「だんだん、人が出てきましたね。」

「そうじゃな...、そろそろ飯にせんか?」

そっか、海に夢中でご飯のことを
すっかり忘れてた。


「腹が減っては戦は出来ん!」

そう言うと"ここに集まっちょくれ。"と、
他の場所で泳いでいた皆を集める。


「そろそろ、飯にせんか。わしは腹が減ってたまらん。」

「あー、そうっスね。...じゃあ、
魚でも釣るっスか?」

「おおっ、中岡良い案だな!」

「ここら辺は魚も多いからね。良いかもしれない。」


慎ちゃんは全員の了承を得ると、
早速釣り道具を皆に配った。

...もう用意してたんだね、慎ちゃん。
でも、私は釣りした事がないや。


「あの、慎ちゃん…私、
釣りはやった事無いんだけど…。」

「そうなんスか!釣りなら龍馬さんが
大得意っス!」

「へー、そうなんだ…?」

龍馬さんと釣り…か。
何かあんまり一致しないな。


「あっ、姉さん信じてないっスね…。
龍馬さーん、姉さんに釣りを
見せてあげて下さいっス!」

「おうよ!」

…釣り道具を抱えて手招きしている龍馬さん。
私は龍馬さんの方へ駆け出した。

私は龍馬さんの隣に座ると、
釣りの説明を受けた。


「まずじゃ…。針の先っちょに
餌を付ける。」

…龍馬さんは小さな箱を開くと、
中から一つ紐状のものを掴む。


「あの、それは…?」

「蚯蚓じゃ!」

…ミ、ミミズ?
よく目を凝らすと、独特の縞模様。


「やっ、それ以上近付けないで‼」

「なっ、娘…?」

「ほんとに止めて下さいっ。
ミミズだけは…本当に駄目なんですっ‼」

動物は好きだし、虫さんも可愛いと思うんだけど…。
蛭とミミズみたいなニョロニョロした虫は苦手。


「あはははっ、はちきんな
娘にも苦手なもんがあるんじゃのお!」

「…本当に止めてくださいよっ!」


龍馬さんはケラケラ笑ってるけど、
本当に苦手なんだから…。


「仕方ない、わしが付けちょる。」

…龍馬さんに竿を渡す。

「よっと…。」

何の躊躇も無く、ミミズさんに
針を突き刺した龍馬さん。


「あいよ。」

さっきみたいにニコニコしながら
竿を私に返す。

「あっ、ありがとうございます…。」

うっ、なるべく針先は見たくないなぁ…。

・・・

「しばらく糸を垂らしとくんじゃ。」

ちゃぷんと水の中に竿を入れる。
…海の中を見渡すと、
結構色々な魚が泳いでる。
…案外簡単に釣れるんじゃないかな?



….
…..


私の予想に反して、待てど暮らせど、
なかなか魚は掛ってくれない。


「…なかなか釣れんのお。」

“今日は調子が悪い”と言って、
苦笑いする龍馬さん。


…隣には以蔵・武市さん組。
ふと箱を見ると、箱一杯に魚がたくさん。

この二人、取り過ぎじゃないかな…。


「おや娘さん、
君と龍馬の調子はどうですか?」

…私の視線に気付いた武市さんが
聞いてきた。


「…全然です。龍馬さんもまだ二匹目だし。
…武市さんの所は凄いですね。」

態と嫌味っぽく言ってみた。


「…そうですか?大久保さんの方が
大漁のようだが。」

「えっ…?」

武市さんの言葉に驚いた私は、
そっと竿を置いて大久保さんの箱を見た。



「うわっ...。」

二箱目に突入してる...。
一箱目は溢れんかとばかりの魚。


「...何だ、その顔は。」

鋭い目で大久保さんに睨まれる。


「こんなに...よく釣れましたね。」


「魚も、私の魅力には敵わないみたいだな。」

そう言って得意気に笑う大久保さん。
...魚に好かれるって...。


「でも、この量の魚、どうするんですか?」

「夕餉にも取っておけば良いであろう。」

「大久保さんも食べるんですか?」

「...何故私がお前達の為に
釣ってやらねばならんのだ。」

...そう言いつつも、こんなに沢山釣ってくれたってことは。
やっぱり、私達のことを気にかけてくれてるんだよね。


「...ありがとうございます、大久保さん。」

思わず、お礼を言う。
...驚いた顔で私を見た大久保さん。


「...自己愛の強い小娘だな。」

そう言って"ふっ"と笑う、大久保さんの声をかき消すような大声で、
私は龍馬さんに呼ばれた。


「娘さん!竿が引かれちょる、急ぐんじゃ!!」

「はっ、はいっ!!」


"すみません!"と大久保さんの元を去ると、
私は竿に飛びついた。


「っ...!」

お、重いっ!!
魚の影は、そんなに大きそうじゃないのに...。


「おおっ、頑張れ娘!!」

竿に手を添えて、一緒に引いてくれる龍馬さん。
...ここまで待ったんだもん。
絶対に釣りたい!

...
....
.....

数十分の葛藤の末、見事、私と龍馬さんは
魚を釣り上げることが出来た。


引っ張る力が強すぎて砂の上に跳ね上がった魚を、
龍馬さんは素早く仕留めた。


...まだ、ひくひくしてる。

「よくやったのお、娘さん!」

額の汗を拭って、私を褒めてくれる。


「そんなっ、龍馬さんが手伝ってくれなかったら、
私一人じゃ絶対に無理だったですよ!」

「可愛いことを言ってくれるの!」

...本当にそうなんだけどね。


「「ぐー…」」


…!
龍馬さんと私のおなかがハモった‼
思わず顔を見合わせて笑う。

「そろそろ食べるかの…。」

丁度龍馬さんが言ったとき、


「あの、二人の世界の中申し訳ないんスけど…。
そろそろ食いませんか?」

良いタイミングで慎ちゃんが。


「おなか空いたしね!」

私は照れを隠すように慎ちゃんに頷くと龍馬さんに会釈して、
皆が集まっている方へと歩き出した。

…結局、私と龍馬さんが一番釣れなかった。

一番はダントツで大久保さん。
二番目は以蔵と武市さんで、
少ししか釣れなかったのは長州二人組。


「…全く、晋作が急かすからだよ。」

「なっ⁉小五郎を待っていたら
日が暮れちまう!」

本当に、よくこの二人って合うよね。
ほぼ正反対なのに…。
でも、だからだったりするのかな。

前に高杉さんが太陽で、
桂さんが月って言ってたのを聞いたことがあるし…。


私は満腹になったおなかを
摩りながら、海を見た。

さっきまでお昼だったのに、
釣りに夢中で気づかなかったけど…。
もう日が少しずつ落ちてきてる。
…今日は一日中海に居たな。
慎ちゃんが言ったように
見事なまでの海日和だったし…。

水平線には燃えるような太陽。
いつの時代も、変わらないものがあるんだな。

…改めて、実感する。


「しばらく、このままで居たいのお…。」

…ふと、上から降ってくる龍馬さんの声。
わさわさと私の髪を乱しながら、
少し切ない表情をする。


「綺麗、ですよね。」

…海とは違うけれど、何故だか私は部活帰りに見上げた空を思い出す。


「何か思い出す事があるんじゃろか…?」

心配そうに、龍馬さんは私を見つめるけれど…
不思議と、寂しくはないんだ。

私の隣には、いつも龍馬さんが居るから。


「大丈夫です。」

龍馬さんを安心させたくて零したこの言葉。
…本当は、龍馬さんの温もりを確認したかったから…。


「…ほうか。」

そう笑うと、龍馬さんは私の頭を優しく撫でる。
…温かな龍馬さんの手に、
私は確かな安心を覚えた。


「…温かいですね。」

龍馬さんの手を、そっと握り返した。



この時、高台に登って“記念に”と撮った龍馬さんの写真が
教科書にも載り、現代へと刻銘に残されていることを、
私はまだ気がつかなかった…
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