1869年、五稜郭の戦いにて土方歳三、戦死。

・・・

目の前に、歳三さんの亡骸がある。
ある...?違う、確かに歳三さんはここに"いる"。
ただ身体を動かすことも、表情を変えることもないだけ。

「歳三さん?」
いつものように、五稜郭へ向かったあの朝みたいに、彼の名前を呼ぶ。

「..歳...三さん...?」
...あれ、私どうしたんだろう。
歳三さんの名前を呼ぶ度に、止め処なく涙が溢れる。

"ったく、泣いてんじゃねえよ。俺の女なんだろ、お前は。"
ふと、耳に歳三さんの声が響いた。

「歳三さん!」
今、確かに歳三さんが私に話しかけてくれた。

思わず、歳三さんの身体を揺らす。
でも・・・。


「歳三さん、歳三さん!」

いくら揺すっても、歳三さんの名前を呼んでも、瞳はずっと閉じられたまま。

ああ、やっぱり歳三さんはもう起きないんだ。
もう、もう元の歳三さんが戻って来る事はないんだね。

...でも何でだろう。
さっきからずっと私の耳で歳三さんの声が聞こえてくるのは。

"...泣かせちまったのは俺か。すまねぇな。"
"俺はこんなヤワじゃないと思っていたんだがな。思ったより弱っちいみてえだ。"

...これは私が作っている幻聴?
違う、確かに歳三さんが私に伝えようとしている。

ふと歳三さんの顔を見ると、もう変わるはずのないその表情が、
何故だか少し、穏やかに変わっている気がした。

もう、明日には歳三さんの顔を見れなくなるだろう。
ならば、せめてこの想いが遠く旅立った歳三さんに届いてほしい。

願いを込めて、冷えた歳三さんの唇に、そっと口付けた。


"...何だよ、妙に積極的じゃねえか。
どうせなら生きている内が良かったけどな。"

また聞こえたその声に、涙が溢れる。

「ごめんね歳三さん...。」

私、素直になれなくて...。
いつもムキになったりして...。
歳三さんの目に映る私は、きっと可愛くなかったと思う。

でも、本当に歳三さんが大好きだったんだよ。
歳三さんのこと、愛していたの。
最後の最期まで素直に言えなかった。

いつも、心の中で叫んでいたのに...。
こんなに後悔するくらいなら、毎日でも、例え飽きられてでも伝えておけば良かった。


"謝んじゃねえ!"
歳三さんの怒号が響いた。

"お前はいつから、そんな情けねえ女になった?俺様に似合う女じゃなかったのかよ..."

「私、きっと歳三さんが思っているよりも弱いよ...。」
すると、耳元で小さな溜息が聞こえた。

"守ってやれなくて、すまねえ。"

...その言葉にはっとする。
歳三さんは自分の命を懸けてまで私を大事に想ってくれていた。
なのに、私は心のどこかで不安を感じていたんだ。

こんなにも大切な人、歳三さんを心の何処かで信じ切れていなかったんだ...。
...もう一度だけ、謝らせてね歳三さん。

「歳三さん、ごめんなさい。」

でも、私変わるから。
己の命を懸けて歳三さんが私に遺してくれたものを、
今度は私が命を懸けて守ってゆく。

"それでこそ俺の女だな。しっかり、やれよな。"


さっきまで耳に響いていた歳三さんの声は、
今にも消えそうなものに変わり、
私が名前を呼んでも返事は返って来なくなってしまった。


「ッ...。歳三さんッ...!」
泣きそうになるのを、必死に堪える。
また歳三さんを心配させてしまう。

もう、心残りのないようにさせきゃ。
それが、遺された私の役割の一つだと思う。

背中には、京の寒い冬の日に歳三さんがかけてくれた水色の羽織に似た、不思議な温もりを感じた。

・・・

ある、夏の日のこと。
歳三さんがいなくなってから数カ月。
"変わる"と決意した日から少しは成長出来ているかな、歳三さん...。

そう問い掛けてみても、あの日以来、
歳三さんからの答えは返ってこない。

「もう少し、大人になれってことかな...。」
一人、よく歳三さんが俳句を詠んでいた庭で呟く。


「土方さんは、いつでもお前を見ていると思うぞ。」

後ろから、平助君の声がした。
そっと振り返ると、そこには笑顔の平助君。

平助君は酷い怪我を負って帰ってきた。
でも、何とか生きながらえることが出来て…
今は平助君と一緒に暮らしている。

「悪いな、さっきの訊いちまった。」
そう言って、平助君は平謝りする。

「ううん、大丈夫。気にしないで...。」
私がそう言うと、平助君は少しバツが悪そうに笑った。

「今日、空綺麗だな。」

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…ふと見上げた空。
雲一つない、澄みきった青空。

"届いてしまいそう"
そう、言おうとしたその時。


「ッ...!」
急な吐き気が私を襲った。
急いで厠に駆け込む。

...何だろ?

そう考えている内にも気分の悪さは増していく。

「おい!大丈夫か!?」

外から平助君の心配そうな声がする。
でも、喋ることが出来ない。
気分の悪さと共に、今まで経験した事のない、ふわふわした感じもする。

・・・

暫くして吐き気が治まると、私は平助君の声がする方へ出て行った。

「おいっ、平気か?顔、青いぞ。」
「大丈夫...、でも急だったから...。」

本当に突然だった。...身体が疲れていたのかもしれない。


「っしゃーねな…。よし、医者行こうぜ!」
突然の平助君の提案にびっくりする。

「あっ、大丈夫だよ。すぐ治ったし...。」
でも平助君は聞いてくれそうにない...。

「また具合悪くなったら面倒だろ。なら今の内に行った方が良いって!な?

---それに…新撰組が消えかけている今、お前くらいには元気で居て欲しいんだよ!」

…平助君は笑いながらそう言ったけど、すごく辛そうに見えた。
---空から、歳三さんも、そう願ってる?

私が、しっかりしなきゃ。
平助君は私の腕を引いて、お医者様まで連れて行く。

...腕を引かれたのって何時ぶりだろうな。
私は懐かしいような、切ないような不思議な気持ちになる。

・・・
・・・・
・・・・・

何となく分かっていた。
お腹から伝わる温かい感覚。
...これは、歳三さんが私に遺してくれた、
世界で一番可愛くて大切なものなんだって。

...私の確信にも近い予想は本当に当たっていた。
平助君はとても驚いていたけれど、私は落ち着いてお医者様の話を聞くことができた。

...出産予定は梅雨のころ。
これは、歳三さんが去った時期と重なる。

これも、歳三さんが遺してくれたものの中の一つ…?


...帰り道。

頭の中で分かってはいるんだけど...。
まだ自分の身体の中に、歳三さんとの子がいるなんて、
何だか不思議で実感が湧かない。

歳三さんが、この子を私に遺してくれたこと、
本当に嬉しくて...この子と出会える日を切望してる。
...でも、その姿を歳三さんに見せられないという事と
やっぱり今、ここに歳三さんがいない...という事実が改めて胸き刺さる。

…気づけば、もう泣かないと決めたはずなのに、
ほろほろ目から涙が零れ落ちる。

...何だ、私なんにも変われてないじゃん。
今まで必死に歳三さんに、心配をかけたくない一心で堪えてきたはずなのに。


「ッ...。歳..三さんッ。歳三さんッ!」
涙が止まらない。私、いつからこんなに弱くなっちゃったんだろ。
元々?それとも歳三さんを失ってから?

「...!」
平助君が慰めてくれるけれど、どうしても涙だけは止まらない。
いつまでも嗚咽が続く。

歳三さんっ、歳三さん・・・。会いたい。
貴方に、今すごく会いたいよ。

喜びも悲しみも全て分かち合いたかった。
この子が成長する喜びも、少しずつ大人になっていく切なさも、
一緒に一喜一憂して…。いつまでも、貴方と過ごしていたかった。

でも、もうそれは二度と叶う事なんてないんだ…。
もう一度、会いたい。貴方の声を聞きたい。

歳三さん…、歳三、さん…。


-新撰組・土方歳三-

「あーあ、歳三さん、あの子泣いちゃってますよ。
...本当に罪作りだなぁ、歳三さんは。」
「あ?五月蝿えなあ。あいつが泣く訳...。!?」
「ほら、見て下さいよ。藤堂君が慰めてますけど...。」
「...。」
「あははっ、鬼の副長もそんな顔するんですね。」
「病人は黙ってろ、総司。」
「何言っているんですか、もう僕病人なんかじゃないですよ!」
「ああ、そうか...。」

・・・空から、あいつを見つめる。
俺が逝った後、あいつは人が変わったように急に真面目になりやがった。
初め見た時、気味が悪いくらいだったが...。
俺のせいで、あんなになった様子を見てると惨めでよ...。

暫く、元の世界とはおさらばだった。

が、総司は毎日あいつを見ていたようだった。
その都度様子を伝えてくるが、いくら知った所で俺には何もできやしねえから。


「そういえば...。」
突然、総司が口を開く。

「何だ?」

「...彼女、身籠っているみたいですね。」

総司のその言葉に愕然とする。
当てようの無い怒りを、総司に当てちまう。

「相手は誰だ!?総司、お前ずっと見ていたんだろう?」

総司の胸倉を掴んで問い質す。
一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに余裕の笑顔を撒き散らす。

「やだなぁ歳三さん、僕は閨事まで観察する趣味はありませんよ。」
「ッ、何だと!!」
「それに歳三さん、ご自分に聞いてみたらどうなんですか?」

・・・。
一瞬では理解出来ない総司の言葉。
"自分に聞け"だあ?


「歳三さんが五稜郭に行く前の晩、
どうしたのかって聞いてるんです。」

・・・。
五稜郭へ行く前の晩。
俺はあいつを抱いた。
だが・・・。

「んな訳ねえだろうが。」
「おや、やっと気が付いたんですか。」
「総司お前、喧嘩売ってんじゃねえよ!」

俺が言いかけたところで、総司は急に真面目な顔になる。

「彼女、残してきちゃって良かったんですか?副長さん。」

「・・・ッ。」

「歳三さんが認めるかは別として、彼女の腹の子は副長の子...」
総司が言いかけたところで、"もう良い!"と怒鳴る。

「ったく、どうしろってんだ。こんな所に来ちまって
...俺には何も出来ねえよ。」

「おやおや、副長さんらしくないですね。
今まで弱音なんて吐いた事一度も無かったのに...。」

「弱音なんて吐いてねえ!」
今日の総司、いちいちつっかかってきやがる..。

「あはは、それって言い訳じゃないですか。さっきのが弱音じゃなかったら、
何が弱音なんですか?」

「ッ、るっせえッ!」
何も言い返せねえ。確かに、俺は今弱音を吐いちまったからな…。

「よく、考えた方が良いですよ。彼女の事も。ご自分の事も。」
「なっ...。」

それだけ言うと、総司は手をひらつかせ何処か行っちまった。

「俺に、何が出来んだよ...。」
最近は俺の気持を伝えることもままならない。
そんな消えてゆきそうな中、俺はあいつに何が出来るんだ...?

・・・
・・・・
・・・・・

・・・?
ここ・・・は。

瞳を開くと、見慣れた天井が目に入る。
あれ私、病院に行ってたんだよね...。

「おっ、目ぇ覚ましたか...。」
...声のする方を見上げると、平助君が心配そうに私の顔を覗いている。

「平...助君?」
「お前、大丈夫かよ。医者の帰り、只管泣いたかと思った矢先に倒れたんだぞ?」
「あっ・・・。」
そっか、私歳三さんのこと、急に思い出して...。

---彼との日々が、鮮明に瞳に浮かぶ。


「土方さんの事は分かるけどな...。お前、最近頑張りすぎてるよ。少し、休め。
...腹の子もいるんだろ?」
「...有難う平助君。」
「ああ...。」

そう言って少し切なげに笑う平助君は、部屋の外へ出て行った。

また、迷惑かけちゃった。
歳三さんからも、"お前は危なっかしい"ってよく言われてたんだよね。

・・・

・・・駄目だ。
歳三さんの事考えると、すぐに目元が熱くなる。

ずっと、我慢してこれたのにな...。
不安が強くなると、すぐに弱くなっちゃう。...この子もいるのに。
もっと、強くならなきゃ...。


・・・。
・・・・。
・・・・・?

布団から、急いで起き上がる。
今、声がした。懐かしい、彼の…。
歳三さんの声が、あの時のように。


“…おめでとう。”
「歳三さん…⁉」
“ありがとな、俺の子を身籠ってくれて。”
「…ッ!」
“ったく、泣くんじゃねえって。
何度言ったら分かるんだお前は。そんなに泣いてたら、
腹の子にも無礼られちまうぜ。”
「う…ん。」
“お前に…一つ伝えたい事がある。聞いてくれるか?”
「…はい、歳三さん。」
“よし。…今まで一人にしてすまなかったな。
まさか、あんな所で死んじまうなんてな。俺も少し、甘かった。”
「…。」
“…俺は今、空にいる。よく分からないだろうが、総司と共にお前を見守っている。…平助もな。”
“こうして話せるのも、もう時間の問題だ。だがな…お前は気付かなくとも、俺はいつでもお前の傍に居るんだ。”
「歳…三さん…。」
“死ぬ死なねえの問題じゃねえ。…もし、不安に思うなら暮れ七つの鐘が鳴ったら庭へ出ろ。”
「…暮れ、七つ?」
“…お前に、会いに行く。”
「えっ、歳三さん…?」
“暮れ七つだ。鳴ったら庭だ…”


その声と共に、歳三さんの声は闇夜へ消えてゆく。
…嘘みたい。また、歳三さんと話せたなんて…。

お腹の子にも、ちゃんと届いたかなぁ。

「…貴方のお父上は、とても立派な武士だったんだよ。」

…“立派だった”?違うよね、今も立派に過ごしているはず。
彼の偉業を、過去にはしたくない。

…暮れ七つの鐘。歳三さんは来てくれると言った。
私は、お腹の子と一緒に歳三さんに会う。
もう、心配させないように…。
歳三さんが、ゆっくりと身体を休めることが出来るように。

私は誓うよ。
どんなに離れていても、心は歳三さんと同じだから。
さっき、歳三さんと話した時に、私はそれを確信した。

「…歳三さん。」
私は彼の名前を呟くと、そっと瞳を閉じた。


-新撰組・土方歳三-

「…なんだ歳三さん、やれば出来るじゃないですか。」
「総司、居たのか。」
「おや、さっきとは随分違いますね。…殺気が消えてる。」
「…総司。」
「嫌だな歳三さん、冗談ですよ!」
「ったく。」
「…でも、彼女と通じたみたいで良かったですね。
もう、安心して眠っちゃってますよ、ほら。」
「…ッ。」
「あれ、何で舌打なんですか?」
「五月蝿えな。何でもねえよ。」
「ふふ…。まあいいや。僕もう寝ますから。
歳三さんも明日に備えて寝た方が良いですよ~。」
「…。」

俺は、あいつに会うことが許された。
迷った、今行った方が良いのか。

だが、あいつの不安そうな背中を見ていたら無性に抱き締めたくなった。
今すぐ駆けつけたい。

だがもう少しだけ、待っていてくれ。

・・・
・・・・
・・・・・

暮れ七つの鐘。
私は、歳三さんが"待ってろ"と言った庭に佇んでいた。

歳三さん...、私、ここに居るよ。
この子と一緒に、ずっとここに居るよ。
・・・届いてる?


「歳三さん...。」
私が、彼の名前を呟いたその時だった。

向こうの方から、砂利を踏む音が聞こえている。
...大股で、大地に自分の存在を知らせるかのような足音。
これは…歳三さん。

足音は、どんどん近付いてくる。
私の足は、自然と音の方へ向かっていた。


「歳三さんッ...!」
「よお、待たせたな。」

そこには、あの時別れたはずの歳三さんが確かに立っていた。
...ただ、彼の青い羽織にはべったりと赤い血が付いたまま。


「歳三さん。」
「何だ。」
「もう、どこも痛くない?」
「ああ、この通りだ。」
「本当に...?」
「こんな時に、嘘なんて付かねえよ。」
「良かった...。」
「お前こそ、平気か。」
「うん、平気だよ。歳三さんの子だと思えば、何にも辛くない。」
「そうか・・・。」

・・・暫く、沈黙が続く。
今まで、どうしていたんだっけ。
ついこの間まで一緒に過ごしていたのに、
私、もう忘れちゃったの...?


「・・・一人残しちまって悪い。」
「...。」
「...俺も、もう少しここで過ごしたかったんだけどな。」
「言わないで...。」
「...ん。」
歳三さんは、私から態と目を反らす。
もう、会えないのに。私が死ぬまで、会えないのに。

「そんなに、悲しいこと言わないで...。歳三さんらしくないよ。謝らないで...。
歳三さん、私にも怒鳴ったじゃない。"謝るな"って...。」


「お前...。」
「普段の、格好良い歳三さんは何処に行っちゃったの?
私が知っている歳三さんは、弱音なんて一度も吐いたことがないよ。」

「ずっと…一生、一緒に居たかったのは私も同じ。
この子の成長も一緒に見届けたかった。
でも、それは叶わないから...。」

どうしよう、また泣いてしまいそう。
自分でも声が震えているのが分かる。


...すると、歳三さんはそっと羽織を私に掛けてくれた。
いつかの冬の日みたいに。

「これを、俺だと思え。」
「歳三さん...。」
「血が付いてて嫌かもしれないけどな。俺の血なら構わないだろ?」


...歳三さん、辛かったよね。痛くて、苦しくて...。
でも、最期まで私のことを想ってくれていて...。

こんなにも優しくて格好良い男の人、私は見たことが無いし、
これからも出会うことは無いと思う。

「歳三さん。」
私は彼の名前を呼ぶ。

「何だよ。」
歳三さんは、いつもみたいに少しぶっきら棒で意地悪で...。
でもとても温かい声だった。

「…元気でね。少し変かもしれないけど…。」
「お前こそな。…突然だが今日が、何の日か知ってるか?」

…今日…。今日、は…。
七月七日…七夕だ!

「今日って…七夕…?」
「ああ。…俺は、毎年七夕の日にはお前に会いにくる。」
「えっ…。」
「空、見てみろ。」

・・・歳三さんのその言葉に、ふと空を見上げる。

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…そこには、決して私の時代では見ることの出来ないであろう満天の星空。
そして、真ん中には巨大な、目に収めるのも大変なくらいの天の川が流れている。

「ッ…。歳三さん…!」
堪えきれず、泣いてしまう。

「…泣いてもいいぜ。俺は向こうに行ってお前の涙を見て、考えが変わった。
…涙も、拭えば別のことが見えてくるだろ。」

そう言って歳三さんは、冷たい指先で私の目元を拭った。
やっぱり歳三さんは生きている歳三さんではないのが実感できたけど…。
何だかとても温かかった。


「さて、戻らなくちゃな。また七夕には戻って来る。
織姫はおとなしく彦星を待ってろよな。」

そう言って去っていく歳三さんの背中に、私は抱きついた。
冷えた背中を、私の熱で温めたいから。

「...。」
「...。」
「...待って、られるか?」
「えっ...。」

「また一年後のこの日まで、お前は待ってられるかって聞いてんだ。」

「...当たり前です。ただ、今度は子供もいますから。」
「...しっかり待ってろよ。」

そう言い残して、歳三さんは空へ戻って行く。
"あばよ。"と手を振ったその姿は、五稜郭へ行った時と、全く同じだった。

歳三さんの羽織を、私は抱きしめた。

・・・

今年の七夕は、曇り空。
去年のように、美しく輝く星々は見ることができない。

今年は、“織姫”と“彦星”…逢えないのかな…。

「会えると思う…?」

腕に抱いたわが子…歳三さんとの最愛の子に問い掛ける。
まだ幼いこの子は“あー”としか答えてくれないけれど…。
…私は去年と同じ、彼の温もりを感じていた。

「…信じなきゃ、駄目だよね。」…もう一度、わが子に問う。
すると“そうだよ”とでも言うように、包んだ手を握り返した。


「毎年、七夕に暮れ七つの鐘が鳴ったら庭で待っていろ。」

そう言って去って行った歳三さんから離れて、もう一年。
彼の言葉だけを頼りに、過ごして来たこの日々。

彼の、温もりが恋しい。
何よりも温かな、全てを包み込んでくれるかのような温もりが。
…会いたいよ、歳三さん。もう一度だけでも良い。

そんな私の願いが届いたのか、
曇り空からうっすら見えたのは一筋の流星。

流れると共に聞こえてきたのは、あの、懐かしい足音。


「よお、待たせたな。」
耳に響く何も変わらぬその声を頼りに、彼の元へ駆け出す。

また、逢えた。
儚い時、織姫と彦星。

「逢いたいと願う気持は千代の友。」

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