20080512110825.jpg


日は、私を射すように照りつける。
自販機で買った二つのジュース、一つを隣のカナちゃんに渡す。


「はい、後でお釣り貰うよ?」
「おー、サンキュー!まあそんな堅い事言わずに...。」
「まったく...。」

あはは、と隣でごまかし笑いをするカナちゃんをわざと睨んで、
手の熱で温くなってしまう前に、私は買ったジュースに口を付けた。


「ふう...。」
「どした?」
「...ううん、何でもない。」
「...そっか。」


...あの夏の日から、今日までがあっと言う間過ぎて、
私の心はあの日のまま置いてけぼり。



「...もう、一年経つんだね。」
「...。」
「ほんとに、あっという間だったね。」
「うん...。」

カナちゃんも、気付いていたのかな。
私って、分りやすいって良く言われるし。


『おまんは、まっこと分りやすい女子じゃのお!』

龍馬さんにも、良く言われてったっけ…。
今でも、脳裏に笑顔が浮かぶ。

"もう、一年"...か。

...違う、まだ、一年しか経っていない。

一年しか経っていないはずなのに、
あんなにも昔だったかのように感じてしまうのは、一体何故?


「私的には、武市さんが格好良かったんだけど...
アンタは龍馬さんにゾッコンだったよね。」
「...蒸し返さないでよ。」
「なに?忘れちゃいたいの?」
「そんなんじゃないけど...。」
「ふふっ、...私は忘れないよー。アンタが龍馬さんに釘付けだったこと。」

「カナちゃんっ!」

「あっ、ごめんごめんっ!そんなに揺らすとジュースが溢れるって...!」


...
....
.....


ねえ、皆。
今私は皆にすごく会いたい。
カナちゃんも、そう願ってる。
どこに行ったら、もう一度会える?
また、あの神社に行けば会えるの?

どれだけ待てば、また笑顔を見れるの?

・・・

79.jpg


目を開いて最初に飛び込んできたのは、
家の裏の雑木林にひっそりと佇む大木だった。

「なっ、何じゃ此処はっ...!」
「も、しや此処は...。」
「俺達、未来に来ちまったのか!?」

...ありえないって、思った。
私が戻って来れたことじゃない。

皆まで、未来へ来てしまったこと。

龍馬さん達だけじゃない、その場に居合わせた長州のふたり、
そして大久保さんまで。


・・・
・・・・
・・・・・

しばらく、皆と一緒にこの家で過ごすことになった。

皆は、いつもみたいに気丈に振舞ってくれた。
見慣れない現代の言葉や文字を必死に覚えようとしたり、
一緒にお使いに行ったり、家のお手伝いをしてくれたり。

まるでずっと、この時代に残ってくれるみたいに。


...別れはあまりにも突然で、私の心は、あの日のまま動いていない。

でも私のいるこの世界では、何事もなかったかのように日々が動いていく。

私だけ、この世界から一人取り残されて、まるで一人ぼっち。


"会いたい"

その想いが強すぎて、押し殺してしまうことが出来ない。

『会いたいよ...龍馬さん...。』
口を開けば、いつも同じ言葉だけが零れ落ちる。



「えっ、この人達、知り合いなの!?」
「おまんが"かなちゃん"さんか!」
「馬鹿が、さんなどいらんだろう。」

誰よりも最初に、私が皆の事を紹介したのはカナちゃんだった。

『親戚のお兄さん達でね、ちょっと事情があって一緒に暮らしてるんだ。』

最初はそんな風にごまかしていたけれど、
カナちゃんはきっと、すぐ気付いてしまうから...。

私はカナちゃんに、本当のことを話した。
皆が、本当はどういう人で、一体どこからやってきたのか、全部。

...その日は、やけに星が綺麗に見えた。


「そっか。じゃあ皆、いつかは戻らないといけないんだね...。」

・・・。

そうだ、皆、ずっとここで生きていける訳なんて無いのに。
私、何を勘違いしてたんだろう。

あまりにも自然な皆の動作に、ずっと、いつまでも一緒に暮らせるって思っていた。


カナちゃんと、二人で考えた。
"皆が帰ってしまう前に、最高の思い出を作ろう"って。

出来るだけ毎日、皆の傍にいて、
自分の後悔も残らないようにって。

そう決めた。

・・・

剣の腕が良い武市さんと高杉さん、以蔵達は
毎日剣道の指導に来てくれた。
部員の皆も、とても信頼していた。

桂さんには料理の事を良く教えてもらった。
"花嫁修業の一環だね。"
そう言って、優しく私を手ほどきしてくれた。

慎ちゃんとは、これからの未来のために、
日本の事を沢山学んだ。
カナちゃんと一緒に少しだけ、皆のこれからの事も教えたりもした。

大久保さんとは、よく一緒に街へ出かけた。
現代の外国情勢を知る為に、積極的に街に出歩いた。
今まで気がつかなかった、新しい発見が沢山あった。


・・・
・・・・
・・・・・

龍馬さんとは、いつも一緒に居た。

皆が居た時代の時から、ずっと一緒に居たはずなのに、
少し離れてしまうだけで、すごく寂しくなった。

...そんな私を、龍馬さんはどんな時でも優しく受け止めてくれた。

時には、その優しさが辛くて...。
自分でもワガママだって分っているはずなのに、龍馬さんと上手く話せないこともあった。


80.jpg


...放課後の、体育館。

「まっこと広い部屋じゃのお!!」
「全校生徒が入れますからね。」

皆に内緒で、私と龍馬さんは裏の階段を駈け上がる。
上から見下ろすと、床とすごく距離があるように感じて、私は思わず後ずさってしまう。


「大丈夫か?」
「はっ、はい...。」
「...足が、竦んじょる。」

そっと私の背中を支えてくれた龍馬さんの温もりは、今でも私の中に残っている。


「これは、何じゃ?」
「はい...?」

龍馬さんが床から拾ったのは、
多分部活の子達が忘れていってしまったウエットティッシュ。

「これ、冷んやりしてるんです。...ほら。」
「おおっ!!」
ケースの中から一枚取り出して、龍馬さんの腕に触れてみる。

「汗をかいてたり、暑いところとかを拭いてみてください。」

龍馬さんは不思議な顔をしながら、顔いっぱいにティッシュを付けた。


「ふふっ...。」
「なっ、何じゃ!?」

龍馬さんの顔はティッシュで覆われて、白いマスクを被っているみたい。
...思わず、笑ってしまった。

「そ、そがに笑うことないぜよ...!」
「龍馬さんっ、鏡見てみてくださいよっ!」
「どれどれ...。」


壁に立てかけてある鏡に、龍馬さんは自分の顔を映す。

「おおっ、こりゃたまげたっ!」

「あはははっ!」
「にししっ!---」


...一番笑った。
元の時代に戻ってきて、一番、心の底から笑えた。


太陽にきらきらと輝く龍馬さんの笑顔は、私が今まで見てきた中で、一番綺麗に感じた。

「...龍馬さん。」

「好きじゃ...。」


...ふわりと、唇に落ちた感触と
まだ、私の心を鮮やかに彩っているこの記憶は
きっと、いつまでも色褪せることなく続いていく...


...ある日のことだった。

夕食の時間。
その日もいつもと同じように、私は桂さんと一緒に夕ご飯を作って席に着く。

いつもなら、おかずの取り合いをしていたり
龍馬さんや高杉さんがお酌し合っていたり、賑やかで楽しい時間のはずだった...。

でも、今日は...。

「・・・。」 「・・・。」

「・・・。」 「・・・。」

誰ひとり、言葉を交わすことなく、時間だけが過ぎていく。
そんな寂しい夕食の後、私はこっそりと、高杉さんに話しかけた。


「今日...、高杉さんも皆も、とても静かでした。」
「あ、ああ。今日はな。...たまには静かな方が良いだろう?」
「...?」

高杉さんらしくない言葉に、私は首を傾げる。

「気にするな。何でもない。」
「はい...。」

何も言わずに部屋へ戻って行く高杉さんの背中は、
"それ以上、何も聞くな。"と言っているようにも感じた。

...気付けば龍馬さんも、私を避けるように部屋へ戻ってしまった。

・・・

「ちょっと、まだー?」
「まっ、待ってカナちゃんっ!」

昨日の夜、教科書入れ忘れちゃった。
...私は急いでスクバに荷物を詰めると、玄関の前の龍馬さんに声を掛けた。

「じゃ、じゃあ龍馬さんっ、行ってきます!!」
「おおっ、気を付けるんじゃぞ!」
「はいっ、あっ、お昼は昨日の残りを食べちゃってくださいっ!」
「おうっ!----」

龍馬さんの笑顔を見届けると、私は玄関をぱたりと閉めてカナちゃんの背中を追った...




『娘さん、すまん...。』


・・
・・・
・・・・
・・・・・
・・・・・・
・・・・・・・

「じゃあ、私この後塾だから!」
「うん、また明日。」

カナちゃんと学校で分れて、久々に一人で帰る。


81.jpg

木々が、一層大きく揺れる。


「わっ...。」

風に巻き上げられた私の髪は、まるで誰かが悪戯しているみたいに乱れた。
風は、もう秋の風。ほのかに別れを予感させる特別な風。

...そんな風のざわめきが、今日はとても寂しく感じる。

私は、足早に家に向かった。




私の目に映ったのは、皆が来る前よりもずっと綺麗に片づけられた部屋と


82.jpg


机の上に置かれた、七色の色が違う便箋。

「みんな...。」
涙で滲む目で、一枚一枚便箋を手に取る。


慎太郎より。
武市より。
以蔵より。
高杉より。
桂より。
大久保より。


そして...


『龍馬より。』


緑や青、赤黄色で彩られた便箋にはまだ、乾ききっていない筆の痕。

皆の字がいつもより幼く見えるのは、
最後の最後まで私を気遣って、現代の文字で書いてくれていたから...


---
「今まで本当に有難うございました。
姉さんと離れるのは本当に惜しいけれど...
姉さんとかなちゃんさんが教えてくれた事を忘れず、今日も中岡慎太郎は走り続けます。」

「君が寺田屋に逗留すると聞いた時、正直僕は嬉しかった。
残念ながら、君は龍馬に盗られてしまったが、良くしてくれた事を、本当に感謝している。」

「お前の剣の腕には驚いた。お前の、同志達にもだ。感謝している、どうも有難う。」

「お前と離れるのは名残惜しいが、お前と過ごしたこの日々を、俺は生涯忘れん。
高杉晋作を、刻み込め。」

「今までお世話になりました。散々晋作に付き合わされて大変だったね、お疲れ様。
私が君に教えてあげられた事は本当に僅かだが、
いつか君の役に立つと、心から願っている。有難う。」

「僅かではあったが、世話になった。
小娘の淹れる極渋茶はなかなかであった。
此処を去る前に、もう一度だけ飲みたかったが、願いは叶わぬ。
達者に、生きろ。」


好きじゃ。


...そんなの、ずるいよ。

もう二度と、あの笑顔には会えないのに。
話すことも、手を握ることも、全部もう叶わない。

龍馬さん…、皆。
もう少しだけ一緒に過ごして居たかった。
そして最後くらい、見送らせて欲しかった。
笑顔で、さよならをしたかった。

"ありがとう"って、伝えたかった...


・・
・・・
・・・・
・・・・・
・・・・・・
・・・・・・・

ねえ、龍馬さん。

私、最後まで笑えてたかな。
貴方が見た私の最後の姿は、私の笑顔でしたか。
...それだけが、心残りです。

貴方の口癖だった言葉の通り、私はずっと笑顔でいられたのかな?

...でもね、
私が見た最後の貴方は、向日葵のような明るい笑顔で微笑む、

世界で一番素敵な笑顔でした。

・・・・・・・
・・・・・・
・・・・・
・・・・
・・



「あーあ、何かあっと言う間だったよね、この三年間...。」
「ほーんとに。...明日で部活引退だよ。」
「引退...か。」
「...何か、寂しいね。」


あの日から、いくつ日が過ぎたのだろう。
暑い暑い、夏の日。

貴方と歩いた、旱道。

皆、明日でもう、剣道とはしばらくお別れです。
今まで一番近くにあるものだったから、
やっぱり、少し心残りがある。

「ねぇ、カナちゃん...。」
「ん...?」
「私、やっぱり大学入っても剣道続けようと思う。」
「...大学でも?」
「うん。」
「そっか...。うん、絶対続けた方が良いと思う。」
「カナちゃん...。」
「アンタ、強いからね...。大学でもっと鍛えて、日本一目指しなよ!」


そう言ってくれたカナちゃんの横顔は、何故だかとても切なげに見えて...。
...私は思わず泣いてしまう。


「...!ちょっと!?何で泣いてんのー!?」
「...カナちゃん、ありがと。」
「......。」
「...あの人達は、アンタのこと絶対応援してるよ。

特に龍馬さんとか。」
「...っ!」

あぁ、どうして私はこんな涙もろいんだろう。
止めようとするけれど、次々と溢れては頬を伝っていく。


『もう泣かないの 泣いたらいかん。』


...カナちゃんの声が、耳に残る龍馬さんの声と重なる。

「私、頑張るね...。」

『それでこそアンタ 娘さんだよ じゃ!』


---遠い遠い空の上から、もう少しだけ、見守っていてください。

せめて私が泣かないで済むくらいに強くなるまでは...


・・
・・・
・・・・
・・・・・
・・・・・・
・・・・・・・

高校最後の日にカナちゃんと二人で見上げた空は、
あの短い夏の日、そっと想いを乗せた空と同じ雲の形をしていた。

・・・----あの日、あの時、
確かに龍馬さんは、私の傍に居た----・・・

蝉達の合唱の中、私を呼ぶ彼の声が響いた気がした。

にししっ、-----!


85.jpg
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。