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真っ青な秋の空に、褪せた色の紅葉が踊るように舞う。
気付けば、もう十一月。
...皆は、よく"霜月"って言う。
縁側でひとり空を見上げる私は、
少し冷たい木枯らしの中、
この寒さにちょうど良いくらいに温かいお茶を、一口すすった。
「ふう・・・。」
訳もなく口から零れた溜息は、
冷たい空気に混ざって白いかたまりを作りだす。
「娘さん?」
...聞き覚えのある、優しげな声。
あ・・・、総司君だ。
私は口の中に少しだけ残ったお茶を、
小さくこくんと飲み込んで後ろを振り向いた。
「寒くないの?」
そう言って苦笑した総司君は、空のように青い色をした着物を着ていた。
「今日は、見廻りじゃないんだね。」
「え?...ああ、今日は何もないよ。」
「そっか...。」
こうして二人で居るのって、一体何時ぶりなんだろう。
...いつも私はこんな時、何を話していたんだっけ...。
私は手に持っている湯吞みの熱を感じながら、
しばらく黙ってしまった。
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「ねえ、娘さん。」
「う、うん?」
...声がひっくり返っちゃった...。
「...桜、見に行かない?」
「え?」
「だから、桜。」
...さくら。
桜って、今、まだ秋だよね。
秋になったばかりなのに、
二つ季節を超えて、もう桜...?
「ふふ。びっくりしちゃった?」
「だって、まだ秋だよね?」
「うん。だから桜。」
「だから...?」
「お楽しみ。まあさ、気にせずこっちにおいでよ。」
悪戯っぽく笑った総司君に腕を引かれて、
私は転びそうになりながらも廊下に出た---
・・・
「ねえ娘さん、これ見て。」
「...こ、れ...。」
---総司君に腕を引かれて向かった先は、
意外にも総司君の部屋。
どこにも、桜は見当たらない。
でも、総司君の部屋には、綺麗な千代紙が沢山散りばめられていた。
「きれい...。」
「やっぱり。娘さんなら気に入ってくれると思ったんだ。」
...わざとらしく、ほっと一息する総司君に
私は思わず笑ってしまった。
でも、この千代紙、一体どうするつもりなんだろう。
「ねえ、総司君。」
「うん?」
「この千代紙...どうするの?」
「...ふふっ。」
「えっ?」
私の言葉に、総司君が少しだけ笑った。
「なんか、変なこと言った?」
「あははっ、ううん何でもないよ。」
「えー、気になるよ...。」
「...だって、これがお楽しみなんだもの。」
そう言って優しく微笑むと、
総司君は一枚、床に散りばめられた千代紙を手に取った。
「不思議と思わない?」
「不思議...?」
「うん、だって、こんなにも綺麗なものが僕達の瞳に映るんだよ。」
「総司君...?」
「ほら、娘さんの瞳にも。」
---その言葉と共に、総司君は思い切り、
私の顔を覗き込んできた。
「...千代紙よりも、ずっと綺麗かもしれないね。」
「っ...、総司君、何言ってるの---」
「本当の事。」
...何で、さらっとこんな事が言えるんだろ。
きっと私、顔真っ赤だろうな。
でも、総司君の瞳からは、なかなかそらすことができない。
「ふふっ...。」
くすりと、総司君は笑った。
そして私の髪をくしゃりと乱す。
「...とりあえず、桜は夜まで取っておこうね。」
「へ...、夜?」
「うん。だって、夜桜の方が綺麗でしょう?」
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...提灯が夜の街を照らし始めた頃。
私は、総司君と交わした小さな約束のために
総司君が居る部屋へと向かった。
「---総司君?」
「娘さん?いいよ、入って。」
「失礼します...。」
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...私が部屋に入った瞬間、目の前が突然真っ暗になった。
「...まだ、駄目だよ。」
「っ...。」
目の前が真っ暗になったのは、
総司君が私の目を、大きな手のひらで覆ったから。
良かった...かもしれない。
だって今、
きっと私の顔は真っ赤だから。
---総司君はもう片方の手で、ゆっくりと私の腕を引いてくれる。
目を閉じているから分からない、総司君との距離。
いつ、くっ付いちゃうか分からない。
そんな"特別な距離感"を、
私は意識する度にもっと顔が熱くなる気がした。
「いいよ。」
---次に目を開いた瞬間、
私の目に飛び込んできたのは、
きっと、夜桜よりもずっとずっと綺麗な秋の桜。
あんまり綺麗で、上手に表現できない自分がもどかしいくらい。
だから、私が最初に言ってしまったことは...
「...本当に、千代紙なの...?」
「ふっ...あはははっ!」
やっぱり、笑っちゃうよね。
自分でも顔が引きつってるのが分かる。
でもね---
「本当に、綺麗。」
「良かった。気に入って貰えて。」
「...いいのかなぁ...。」
「ん...?」
「こんなに綺麗なものを、私、総司君と見れて良いのかな...?」
「娘さん...。」
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---気付いたら、涙が出ていた。
だって。
だって、こんなにも幸せなんだもの。
総司君と居れて...
貴方と過ごせて、こんなにも幸せだから---
「ねえ、娘さん---」
少し開いた障子から、風を感じる---
貴方の声の熱を感じる。
『ずっと一緒にいよう。』
---そう言ったのも、
---顔を見合わせて笑ったのも、
いつも同じだね。
あの日から、季節はまた二つ過ぎた。
とうとう、今年一年も終わってしまって...
私は新しい年と、新しい時代を、
今日、ここで...総司君の傍で迎えている。
「ムウ、春になって初めてのお散歩だね。」
今日も、総司君はいつもの優しい笑顔で
私の手を優しく握って歩いてくれる。
「うん。...もう春かぁ...。」
白熊みたいにふわふわのムウを抱っこして、
私は総司君の横顔をそっと眺める。
「もうじき、桜の季節だね。」
「あっと言う間だった、本当に。」
総司君に気付かれないように眺めた横顔が、
急にこちらを向いた。
私は、思わず目を背ける。
そう、私がこの時代に来てから、
あっと言う間に年は明けてしまった。
でも、どれほど早く感じても、
まだ貴方と出会って、一年は経ってない。
頭のなかで、ぐるぐると季節が渦を巻いていく。
「ねえ、もう少しあったかくなったら。」
「うん?」
「僕と、祝言を挙げてくれる?」
---ねえ総司君、気付いてる?
どんな季節よりも、
どんなに暖かな日射しよりも、私を温めてくれるもの。
それは、
貴方だけなんだよって。
でもね、私、気持ちを伝えるのが下手だから...
抱き締めたら、分かってもらえるかな?
力いっぱい、貴方を抱き締めて、
キスをしたら、少しでも伝わるかな...?
『愛しています。』
この言葉も、あの時みたいに一緒に言って。
また顔を見合わせて笑って。
---でも、今度は、私が先---
私は総司君の頬に、小さくキスをした。
...顔を紅くして、何も言えなくなっている総司君が、
とても可愛く感じた。
「ふふっ。」
「娘さん---」
「へ---?」
---貴方によって塞がれてしまった唇からは、
もう何も言葉が出ない。
でも、何も心配じゃないの。
何も不安なことなんてないんだ。
だって今、
確かに貴方の後ろに、
小さく咲こうとしている桜の蕾が見えたから。
私よりもずっと小さな蕾が、
"言葉なんていらないよ"
って、教えてくれたから...
「不束者ですが...宜しくお願いします!!」
そんなすっとんきょうな私の声と、
総司君の優しく笑う声が、
今にも咲いてしまいそうな桜の木の下、
いつまでもこだましていた---
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