...今日もまた、利通さんが使っていた座椅子から庭を眺める。

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彼が愛用していた煙管。
...最後に蒸していたのは、もう何時の事だろう。

…確かあの朝も、いつもと変わらずに、
懐に仕舞っていたよね、利通さん。


大久保利通、明治十一年
五月十四日 死去。



運命に翻弄され、歩んできたこの道。

小娘。
私を呼ぶ声も、


いい子だ、芳子…。
娘を慈しむ、その表情も。

今ではすべて消えてしまったけれど。


激動の時代を生き貫いた貴方の

意志、気持、その想い。


ずっと忘れない。


私は貴方の未来を…最期を分かっていたから。

それが、どれほど無残で哀しい光景なのか、私は知っていたから。

貴方を、止めたかった。

どうせ死ぬのなら、私も共に…。

でも貴方は運命を全て受け入れた。


私の言葉に、振り返ることも。
驚くこともなく。

自分の存在を、疑いたくなるくらいに、

貴方は自分を…最後の最期まで己を突き通した。



「利通さん…行っては駄目です!」

「…小娘?」

「私は…、貴方がいなくなるのが怖い。
すごく、怖いの…。」

「…私がお前の前から去る事は無い。だから小娘…」

「違うっ、駄目です利通さんっ‼」

「喚くな小娘!
…今日は神経が立っているのだろう、大人しくしていろ。」

馬車に乗り去ろうとする利通さんにぎゅっと抱きつく。

「小娘…‼」

「…死んじゃうの。」

「…?……」

「貴方が、このまま道を進んで角を曲がれば…貴方は殺されてしまうっ…!」
“だからっ!”

ふわり。

温かな温もりが私を包む。



「…それが、私の運命なのだろう…。」

「利通さん…?」

「ならば、見届けろ。私の…、大久保利通の最期とやらを…。」

嫌だ…っ。

何を言ってるの? 利通さん…。

「…歴史は、変えられぬ。
事実坂本君、西郷が良い例であろう。」

っ…‼
龍馬さん…隆盛さん…。

二人共…志に生きて、志に散って逝った。

「…私が世を去る事で、新たな日本が生まれる。
…強き、日本が生まれるのであろう。」

おはんの死と共に、新しか日本がうまれる。強か日本が……

貴方は、隆盛さんと同じ道を歩むの…?


「…達者で暮らせ、小娘。」

「愛している。例え、この地を去っても尚…。」


「利通さんっ‼」
…角を曲がっていく利通さん。

お願いっ、待って…‼


「っ…見届けろ、小娘…‼」

「…嘘…。」


唸るような声と共に目に飛び込んできたのは、

真っ赤に染まった利通さん。

先刻まで、言葉を交わしていた利通さん。


「っ…としっみち…利通さんっ…‼」

動かない。 話してくれない。
微笑んでくれない…。


貴方は、確かに貴方は最期まで武士だった。



利通さん、

毎晩貴方の夢を見ます。

片時も忘れたことがない、貴方の…。


龍馬さん

隆盛さん

武市さん

岡田さん

中岡さん

高杉さん

木戸さん


利通さん。


私と子供達は、元気にやっています。

どうか、お元気で…。
末永く、お幸せにしてください。

私も、いつかは其方側に向かいますから。

それまで、もう暫くの辛抱です。


・・・


座椅子に腰を下ろし、一枚の写真を手に取る。


そこには幼い芳子を愛おしそうに抱いた利通さんが写しだされている。

…隣には数年前、利通さんに仕立てて貰った着物を着た私が立っていた。


・・・彼の残り香が漂うこの部屋で、私は、今日も生きてゆく。

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