私が初めてこの時代に来た、あの夏。
着ている制服も、手持ちのスクバも、何もかも同じで・・・
唯一変わっていたのは、周りを彩る木々と綺麗な赤い鳥居。
そして、あの古ぼけた神社がまるで出来あがったばかりのような
全く新しいものに変わっていた。
途方も無く立ち尽くす私に、龍馬さんは寺田屋へ連れてくれた。
慎ちゃんはその笑顔で不安を拭ってくれた。
以蔵はいつでも話を聞いてくれた。
武市さんはこの時代の危険さ、そして生き方を教えてくれた。
高杉さんも、桂さんも。
皆私を助けてくれた。誰かも分からないのに、
いつでも全力で思ってくれていた。
…でもね、半次郎さん。
私を本当に助けてくれたのは、貴方一人なんだよ。
心から、私を笑顔にしてくれたのは半次郎さん。
貴方、ただ一人なんだよ。
この広い空の中、ただ一人。
いつも半次郎さんだけが、私の閉ざされたしまった
真っ暗な道を照らしだしてくれる、ただ一つの光だった。
---私と半次郎さんとの出会いは、あの時が初めてだった---
「小娘。薩摩藩邸へ来い。」
「えっ・・・?」
「・・・来いと言っている。」
「ちょっと待って下さい、大久保さんっ!」
「---このままでは、お前が危険過ぎると言っているのだ。」
「大久保さん・・・。」
「坂本君も、相違ないな。」
「・・・・・・。」
「そんなっ、龍馬さんっ・・・!」
「分かったのならば、行くぞ。」
---
--
-
半ば強引に大久保さんの住む薩摩藩邸に移ったのは、
私が寺田屋での生活にようやく慣れ始めた頃だった。
そのとき、私はまだ半次郎さんの存在を知らなかった。
だって大久保さんはただ一人、誰も連れることなく私を引き取りに来たから。
...あまりに突然のことで思わず泣いてしまった私の腕を、
大久保さんは強く引いて歩いて行く。
「...それほど苦痛か。」
「え・・・?」
「私と共に、我が藩邸に住み移る事が其れほど苦痛なのか、と聞いている。」
「そんなんじゃありません・・・。」
「では一体何なのだ、その濡れた顔は。」
「・・・ごめんなさい・・・」
「何故謝る。お前の脈略の無さには私も脱帽する程なのだが。」
「っ・・・、ごめんなさいっ・・・ごめんなさい。」
「小娘?」
「私、・・・本当にごめんなさい・・・何で、来ちゃったんだろう・・・」
私が、この時代に来なければここまで皆を巻き込む事なんてなかったのに。
ねえ神様、どうして、私をこの時代に連れたの?
どうして、こんな馬鹿な私だったの?---
『大馬鹿娘が!!』
「きゃっ・・・!」
突然、道の真ん中で大久保さんが私を怒鳴った。
「お前は・・・役に立たぬ上、人に感謝も出来んのか!」
「え・・・」
「”え”、ではない。お前は、坂本君に世話になったのだろう?」
「は、い・・・」
「その感謝の念を伝えそびれ、更には”何で来てしまったのだろう”だと?」
「・・・。」
「人の優しさに便乗するのも大概にしろ!ここでは今まで通りにとはいかんのだ。」
「ごめんなさ「有難うございます、だと言っている。」」
「え・・・?」
「私は今、お前に何の話をした?」
「え・・・、人に甘えるなって・・・」
「違う!そうではない!」
「じゃ、じゃあ何なんですか!」
...私が少しだけ強めに言い返すと、
大久保さんの口元が少しだけ緩む。
「”感謝の念を伝えろ”、と話したのだ。」
「あ・・・。」
「坂本君達には途轍もない世話をかけた、その上私にまで何も言わぬと言うのか?」
「す、すみません。」
「・・・そうだな、今はそれで良い。だが、本来ならば”申し訳ありませんでした”だ。」
「も、申し訳ありませんでした・・・」
「ふん、まあ良いだろう。」
「はい・・・」
「「・・・・・・」」
「で、小娘?」
「はい・・・?」
「・・・お前は、私に何か言い足りぬのではないのか?」
「・・・・・・・!あ、有難うございました!!」
「全く・・・本当に救いようのない娘だ。」
...やっぱり、大久保さん。
私は少し苦手かもしれないって、その時は思ってしまった。
---藩邸までの道を、とても長く感じた。
-
--
---
「大久保さあ、遅かったでごわすな!!」
「・・・え・・・?」
---
--
-
大久保さんの姿を一目見て駆けつけて来た、黒い服の男の人。
・・・頬には一つ、小さな傷跡がある。
思わず首を傾げると、男の人も一緒に首を傾げた。
---その動作がおかしくて、私は思わず口元が緩む。
「・・・まっこで、よかおごじょでごわすなあ!」
「よ・・・よか・・・?おごじょ?」
「ああ小娘、お前にはまだ言っていなかったか。」
「はい・・・?」
「この男は中村半次郎だ。私の護衛だが・・・」
「半次郎でごわす!大久保さあが入たく気に入った女子ち言うことで聞いておりもす!」
「・・・気に入った?」
「このように少々・・・いや、相当図に乗る一面があるのでな。
私も扱いに困っているのだが。」
「酷か紹介でごわんどな・・・。」
「い、いえっ、あの、私何もできないけど・・・
どうか宜しくお願いします!」
「「!・・・・」」
あ・・・れ?
私の挨拶を聞いた二人が、一瞬顔を見合わせて沈黙している。
「あ・・・の・・・?」
「・・・ふん。まあ構わぬ。半次郎、部屋へ連れて行ってやれ。」
「承知しもした!」
「え?ちょっと・・・?」
「娘さあ、今日はゆっくり休むでごわす。泣き疲れたち聞いちょりもす。」
「な、泣き・・・!大久保さん!!」
「・・・何か文句でもあるのか?私は半次郎に事実を伝えただけだが。」
「う・・・。」
「全く騒がしい。早く連れて行け。用が済んだら極渋茶を頼む。」
「分かりもした。娘さあ、荷物はおいが持ちもす。...こちらへ。」
「は・・・い、有難うございます!」
・・・
ずっと長い廊下を進んでいくと、
大久保さんが準備してくれていた部屋に辿りついた。
「こん部屋でごわす。荷物はここに置いておきもす。
夕餉の時間になりもしたら、また呼びに参りもす。」
「あ、有難うございました。わざわざ運んでもらっちゃって・・・」
「礼には及びもはん。こげによかおごじょの為には、こん中村半次郎、
どこまでもお伴するでごわんど!」
「あ、あはは・・・。」
そう言うと半次郎さんは恥ずかしそうに頭を掻いた。
こうやって見ていると・・・大久保さんとは全く正反対で・・・。
「どうかしたでごわすか?」
「いっ、いえっ。すみません!」
「・・・しっかし・・・・。」
「え?」
「大久保さあも、なかなか目が良かとごわすな!」
「え・・・?半次郎さん!!」
私の言葉に、笑いながら逃げていく半次郎さん。
その笑顔は龍馬さんでも、高杉さんでもない。
半次郎さんだけのもの。
私は、その笑顔にいつも助けられていた。
でもどこか作り笑顔で、仮面を被っているように感じて・・・
私がその仮面を、少しでも外すことが出来たらなって
いつもそう願っていた。
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着ている制服も、手持ちのスクバも、何もかも同じで・・・
唯一変わっていたのは、周りを彩る木々と綺麗な赤い鳥居。
そして、あの古ぼけた神社がまるで出来あがったばかりのような
全く新しいものに変わっていた。
途方も無く立ち尽くす私に、龍馬さんは寺田屋へ連れてくれた。
慎ちゃんはその笑顔で不安を拭ってくれた。
以蔵はいつでも話を聞いてくれた。
武市さんはこの時代の危険さ、そして生き方を教えてくれた。
高杉さんも、桂さんも。
皆私を助けてくれた。誰かも分からないのに、
いつでも全力で思ってくれていた。
…でもね、半次郎さん。
私を本当に助けてくれたのは、貴方一人なんだよ。
心から、私を笑顔にしてくれたのは半次郎さん。
貴方、ただ一人なんだよ。
この広い空の中、ただ一人。
いつも半次郎さんだけが、私の閉ざされたしまった
真っ暗な道を照らしだしてくれる、ただ一つの光だった。
---私と半次郎さんとの出会いは、あの時が初めてだった---
「小娘。薩摩藩邸へ来い。」
「えっ・・・?」
「・・・来いと言っている。」
「ちょっと待って下さい、大久保さんっ!」
「---このままでは、お前が危険過ぎると言っているのだ。」
「大久保さん・・・。」
「坂本君も、相違ないな。」
「・・・・・・。」
「そんなっ、龍馬さんっ・・・!」
「分かったのならば、行くぞ。」
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半ば強引に大久保さんの住む薩摩藩邸に移ったのは、
私が寺田屋での生活にようやく慣れ始めた頃だった。
そのとき、私はまだ半次郎さんの存在を知らなかった。
だって大久保さんはただ一人、誰も連れることなく私を引き取りに来たから。
...あまりに突然のことで思わず泣いてしまった私の腕を、
大久保さんは強く引いて歩いて行く。
「...それほど苦痛か。」
「え・・・?」
「私と共に、我が藩邸に住み移る事が其れほど苦痛なのか、と聞いている。」
「そんなんじゃありません・・・。」
「では一体何なのだ、その濡れた顔は。」
「・・・ごめんなさい・・・」
「何故謝る。お前の脈略の無さには私も脱帽する程なのだが。」
「っ・・・、ごめんなさいっ・・・ごめんなさい。」
「小娘?」
「私、・・・本当にごめんなさい・・・何で、来ちゃったんだろう・・・」
私が、この時代に来なければここまで皆を巻き込む事なんてなかったのに。
ねえ神様、どうして、私をこの時代に連れたの?
どうして、こんな馬鹿な私だったの?---
『大馬鹿娘が!!』
「きゃっ・・・!」
突然、道の真ん中で大久保さんが私を怒鳴った。
「お前は・・・役に立たぬ上、人に感謝も出来んのか!」
「え・・・」
「”え”、ではない。お前は、坂本君に世話になったのだろう?」
「は、い・・・」
「その感謝の念を伝えそびれ、更には”何で来てしまったのだろう”だと?」
「・・・。」
「人の優しさに便乗するのも大概にしろ!ここでは今まで通りにとはいかんのだ。」
「ごめんなさ「有難うございます、だと言っている。」」
「え・・・?」
「私は今、お前に何の話をした?」
「え・・・、人に甘えるなって・・・」
「違う!そうではない!」
「じゃ、じゃあ何なんですか!」
...私が少しだけ強めに言い返すと、
大久保さんの口元が少しだけ緩む。
「”感謝の念を伝えろ”、と話したのだ。」
「あ・・・。」
「坂本君達には途轍もない世話をかけた、その上私にまで何も言わぬと言うのか?」
「す、すみません。」
「・・・そうだな、今はそれで良い。だが、本来ならば”申し訳ありませんでした”だ。」
「も、申し訳ありませんでした・・・」
「ふん、まあ良いだろう。」
「はい・・・」
「「・・・・・・」」
「で、小娘?」
「はい・・・?」
「・・・お前は、私に何か言い足りぬのではないのか?」
「・・・・・・・!あ、有難うございました!!」
「全く・・・本当に救いようのない娘だ。」
...やっぱり、大久保さん。
私は少し苦手かもしれないって、その時は思ってしまった。
---藩邸までの道を、とても長く感じた。
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「大久保さあ、遅かったでごわすな!!」
「・・・え・・・?」
---
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-
大久保さんの姿を一目見て駆けつけて来た、黒い服の男の人。
・・・頬には一つ、小さな傷跡がある。
思わず首を傾げると、男の人も一緒に首を傾げた。
---その動作がおかしくて、私は思わず口元が緩む。
「・・・まっこで、よかおごじょでごわすなあ!」
「よ・・・よか・・・?おごじょ?」
「ああ小娘、お前にはまだ言っていなかったか。」
「はい・・・?」
「この男は中村半次郎だ。私の護衛だが・・・」
「半次郎でごわす!大久保さあが入たく気に入った女子ち言うことで聞いておりもす!」
「・・・気に入った?」
「このように少々・・・いや、相当図に乗る一面があるのでな。
私も扱いに困っているのだが。」
「酷か紹介でごわんどな・・・。」
「い、いえっ、あの、私何もできないけど・・・
どうか宜しくお願いします!」
「「!・・・・」」
あ・・・れ?
私の挨拶を聞いた二人が、一瞬顔を見合わせて沈黙している。
「あ・・・の・・・?」
「・・・ふん。まあ構わぬ。半次郎、部屋へ連れて行ってやれ。」
「承知しもした!」
「え?ちょっと・・・?」
「娘さあ、今日はゆっくり休むでごわす。泣き疲れたち聞いちょりもす。」
「な、泣き・・・!大久保さん!!」
「・・・何か文句でもあるのか?私は半次郎に事実を伝えただけだが。」
「う・・・。」
「全く騒がしい。早く連れて行け。用が済んだら極渋茶を頼む。」
「分かりもした。娘さあ、荷物はおいが持ちもす。...こちらへ。」
「は・・・い、有難うございます!」
・・・
ずっと長い廊下を進んでいくと、
大久保さんが準備してくれていた部屋に辿りついた。
「こん部屋でごわす。荷物はここに置いておきもす。
夕餉の時間になりもしたら、また呼びに参りもす。」
「あ、有難うございました。わざわざ運んでもらっちゃって・・・」
「礼には及びもはん。こげによかおごじょの為には、こん中村半次郎、
どこまでもお伴するでごわんど!」
「あ、あはは・・・。」
そう言うと半次郎さんは恥ずかしそうに頭を掻いた。
こうやって見ていると・・・大久保さんとは全く正反対で・・・。
「どうかしたでごわすか?」
「いっ、いえっ。すみません!」
「・・・しっかし・・・・。」
「え?」
「大久保さあも、なかなか目が良かとごわすな!」
「え・・・?半次郎さん!!」
私の言葉に、笑いながら逃げていく半次郎さん。
その笑顔は龍馬さんでも、高杉さんでもない。
半次郎さんだけのもの。
私は、その笑顔にいつも助けられていた。
でもどこか作り笑顔で、仮面を被っているように感じて・・・
私がその仮面を、少しでも外すことが出来たらなって
いつもそう願っていた。
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