---あれは確か、まだ私がこの時代に来たばかりの十代の頃---
「晋作さん。」
久々に呟いた、その人の名前。
今でも変わらない想いで、私は貴方の傍に居るよ。
----晋作さん。
・・・
・・・・
・・・・・
"面白娘..."
"お...い、面白娘"
『おいっ!面白娘!!』
「ん...。うわぁ!」
「? 何をそんなに驚いているんだ?」
「だ、だって、起きたら目の前に晋作さんが...!!」
---
桂さんと一頻りお話した後、陽の暖かさに私は転寝してしまった。
外に出るのが億劫になりそうなくらいに照りつける陽。
そんな中---『面白娘っ、ちょっと此方へ来い!』
晋作さんに外へ来いと誘われる。
暑さから、少し...結構面倒に感じながらも
晋作さんの陽に照らされた笑顔に誘われて、
私は口に氷を一つ頬張って、部屋を出た。
「こいつを見てみろ!!」
「...?」
晋作さんが笑顔で指差した先には---
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「あ...。」
「俺、初めて見た...。」
晋作さんの指差した先には、
出て来たばかりで、まだ土を被っている蝉の赤ちゃん。
私も、初めて見た...。
「おっ、今背中割れたぞ!」
「本当だ!」
割れた蝉の背中から、白く半透明な羽が見える。
「萩にも蝉は居たんだがな...。羽化を見たのは今日が初めてだ。」
「私も...。」
子供のような明るい笑顔で笑う晋作さん。
...一緒に見る事が出来て良かった。
心から、そう思った。
--------
-------
------
-----
----
---
--
-
蝉の赤ちゃんは、一生懸命カラから白い羽を抜きだそうとしている。
...思わず、手を伸ばしたくなる。
でも、私がこの子に触れる事は無かった。
何故だか、私なんかが到底触れてはいけないものに感じたから...。
「おい、暑いからそろそろ戻らないか?」
「まだ、見てます。」
少し呆れるように笑った晋作さんの顔は、
背中越しの私からは見えなかったけれど...。
「じゃあ、会合に出てくる。良い子で待っていろ!」
私の返事を聞くと、晋作さんは藩邸の中へと戻っていく。
---少し静けさが増した夏の空の下、
しばらく、私は蝉を眺め続けていた。
-------
------
-----
----
---
--
-
気付けば、もう辺りは夕日に染まり始めていた。
ずっと見ていた蝉の赤ちゃんは、
もう"赤ちゃん"じゃなくなっている。
もうすぐ、飛び去ってしまいそうな位、
立派にカラを破って外へ出た。
「おっ、まだ見ていたのか!」
「晋作さん!」
龍馬さん達との会合を終えた晋作さんが、ちょこんと私の傍に腰を下ろす。
「こいつ、ちゃんと自分の力で出たんだな。」
「うん...。」
「手を出さなかったお前も偉いぞ!」
そう言って、いつもみたいに私の頭を強めに撫でる晋作さん。
...こんな、何気ない一瞬一瞬が、今では私の大事な宝物たち。
夕日に染まる晋作さんの横顔。
...いつも傍にいるはずなのに。
今日の晋作さんの横顔は、このまま...
夕闇と一緒に消えてしまうんじゃないかって思うくらい、
儚くて、切なくて。
...灯篭のひかりみたいだった。
「ほら二人共、もうお入り。」
「桂さん...。」
お盆を持った桂さんの言葉に振り向く。
少し名残惜しい気がしたけれど、
私と晋作さんは部屋の中へ戻っていく...
その時だった。
「ジジッ---」
「わっ!」 「おおっ!?」
さっきまでゆっくりと羽を伸ばしていた蝉が、
勢いよく夕暮れの空に向かって飛び去って行った。
私の着物に、水を引っ掛けて...。
「っ---!」
「ははははっ!あいつお前に小便引っ掛けてったな!」
「わ、笑い事じゃないです!!」
「はははっ!!」
「ちょ、ちょっといつまで笑ってるんですか---!」
ぽん。
「っ---?」
...さっきと同じように、私の頭に手を置く晋作さん。
髪の毛を、くしゃりと乱したりはしない。
ふと見上げた横顔は、もう遠く離れた空をまっすぐ見つめていた。
「あいつはお前に礼を言ったんじゃないか?」
「お、れい...?」
「ああ。ずっと見守ってやっていたんだろう?」
...どうして、晋作さんの言葉はこんなにもまっすぐと心に収まるんだろ。
「ちょっと、変わった"有難う"でしたね。」
「まあ、蝉だからな!」
消えてしまいそうな晋作さんの瞳に映ったのは
遠い空に、少しずつ輝き始めた夜の星たち。
...人の瞳って、こんなに綺麗なものだったんだ。
硝子玉のように透き通る晋作さんの瞳。
「あのっ----!
「ほら、冷めてしまうよ。早くしなさい。」
「はいはい、小五郎君。」
「あっ...。」
大切な、何かを言いそびれた気がする。
...でも今は、お腹いっぱいになって、
また晋作さんとお話しよう。
私と晋作さんは美味しそうな煮物の匂いと
桂さんの声に誘われて部屋へ戻って行った---
--------
-------
------
-----
----
---
--
-
「ごほっ、ごほっ...!がはっ!!」
『晋作!! 晋作さん!!』
----あれから七年。
蝉を見送って、丁度一年後のことだった。
晋作さんが、体調を崩し、床に伏せるようになったのは...
「...晋作は、労咳なんだ。」
あまりにも聞きたくなかったその言葉。
"労咳" "労咳" "労咳"
その言葉が、頭の中をずっと巡り続ける。
晋作さんらしくない、あまりにも静かなその最期は、
まるで、長年眠り続けた蝉の命が儚く消えてしまうようだった---
・・・
・・・・
・・・・・
「口吸い、してやれなくて、すまん...。」
「何言ってるんですか...!」
「お前に...感染しちまうのが、怖い。」
「晋作さんっ...!」
『...だから、口付けくらいは、許してくれ。』
耳の奥にじんと残る晋作さんの声と、
あの時、確かに頬に感じた柔らかな感触。
"忘れられない"
その想いは募るばかり。
どうすれば、また逢えるのでしょうか。
貴方の温もり。
貴方の強さ。
すべてに。
願えば、すべてが許されるのでしょうか---
晋作さんがいなくなったその日。
私と桂さんは、抱き合って泣いた。
泣いちゃいけないって思う度に、
涙は止まらくなって零れ落ちていく。
「娘さん。...私はね、是を一つの運命だと感じている。」
「さ、だめっ...?」
「...ああ。そして己に対するけじめだとも。」
『私は、今日から"木戸孝允"だ。』
「きど...たかよし...?」
「...だがね娘さん。君だけには、これからも"桂小五郎"と呼んで欲しい。」
「っ---桂さんっ...!!」
きっと、もしも晋作さんが生きていても、
桂さんは晋作さんに同じことを言ったと思う。
思い出を、消したくないから。
ずっとずっと、遺しておきたいから---
--------
-------
------
-----
----
---
--
-
晋作さんが大好きだった梅の樹を焦がすように
今年もまた、日は照りつける。
あの日飛んで行った、蝉の声と共に---
『拝啓 高杉晋作様
お元気にしていらっしゃるでしょうか。
なかなか顔もお見せ出来ず、申し訳ありません。
変わりありませんか。私と木戸さんは、変わらずやっております。
・・・
・・・・
・・・・・
ごめんね。晋作さん、やっぱりいつもみたいにお話します。
今年も、またこの長州藩邸の在る京の街に夏がやってきました。
今まで当たり前にやってくると思っていた夏も
あの日以来、特別なものに感じます。
そして私と桂さんは、今日、長州藩邸を発ちます。
晋作さんと過ごした僅かな時間。
この地を離れるのは、とても名残惜しいけれど...
きっと、必ず戻ってきます。
あなたの、晋作さんのもとに。
だから私を、忘れないで---』
"誰が忘れるか!!"
「えっ...!しん、さくさん...?」
...
....
.....
あ、れ。何も聞こえてこない。
空耳、だったのかな。
一瞬聞こえたその声に筆を置いた私は、
筆先に一滴墨汁を垂らし、また筆を進める。
『...そうそう、聞いてください。
あの日、晋作さんが見つけた蝉の子と同じ場所に、
また、蝉の赤ちゃんが居たんです。
...きっと、あの子の生まれ変わりですよね。
だって。
だって...、
その子を見つけた時に、貴方の姿が見えたんですもの。』
筆を持つ指が、少し震える。
書いているだけで、涙が零れそうになる。
『...もう、お伝えすることはありません。
後悔も、泣き言も、ぜんぶ。
あの日、偶然見つけた貴方の姿。
出逢えて良かったって、心から思えるから。
愛しています、晋作さん。
ずっと、いつまでも。此れからも。
面白娘』
---
----
-----
------
-------
-------
------
-----
----
---
筆を置き、庭へ出る。
晋作さん。
もう少しだけ、待っていてください。
私が、この夏の風を優しく受け止める事が出来るまで...
きっと、あと少し。
だから-----
「娘さん---そろそろ出よう。」
「あっ...。」
「晋作に、お別れはしたかい?」
「今から、言ってきます。」
「そうか、焦らないで良いよ。...好きなだけ、伝えておいで。」
「はいっ----!」
----私が向かったのは、晋作さんがあの子を見つけた木の下。
『---晋作さん。』
貴方に、恋をしていました。
それはあまりに短く切ない恋だったけれど
貴方を好きになったのに理由なんていらないの。
ただただ好き。
それだけ。
『愛しているじゃ、足りないくらいに…愛していました。』
私は書き終えた手紙を木の下にそっと置くと、
藩邸の門へ急ぐ。
「小五郎さんっ---!」
貴方がそう呼んだように、今日も私は、彼の名を呼び続ける---
『愛している、面白娘。』
---お前だけを、見守り続ける
いつか俺の元に来る、その日まで---
-
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「晋作さん。」
久々に呟いた、その人の名前。
今でも変わらない想いで、私は貴方の傍に居るよ。
----晋作さん。
・・・
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・・・・・
"面白娘..."
"お...い、面白娘"
『おいっ!面白娘!!』
「ん...。うわぁ!」
「? 何をそんなに驚いているんだ?」
「だ、だって、起きたら目の前に晋作さんが...!!」
---
桂さんと一頻りお話した後、陽の暖かさに私は転寝してしまった。
外に出るのが億劫になりそうなくらいに照りつける陽。
そんな中---『面白娘っ、ちょっと此方へ来い!』
晋作さんに外へ来いと誘われる。
暑さから、少し...結構面倒に感じながらも
晋作さんの陽に照らされた笑顔に誘われて、
私は口に氷を一つ頬張って、部屋を出た。
「こいつを見てみろ!!」
「...?」
晋作さんが笑顔で指差した先には---
・・・・・
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「あ...。」
「俺、初めて見た...。」
晋作さんの指差した先には、
出て来たばかりで、まだ土を被っている蝉の赤ちゃん。
私も、初めて見た...。
「おっ、今背中割れたぞ!」
「本当だ!」
割れた蝉の背中から、白く半透明な羽が見える。
「萩にも蝉は居たんだがな...。羽化を見たのは今日が初めてだ。」
「私も...。」
子供のような明るい笑顔で笑う晋作さん。
...一緒に見る事が出来て良かった。
心から、そう思った。
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蝉の赤ちゃんは、一生懸命カラから白い羽を抜きだそうとしている。
...思わず、手を伸ばしたくなる。
でも、私がこの子に触れる事は無かった。
何故だか、私なんかが到底触れてはいけないものに感じたから...。
「おい、暑いからそろそろ戻らないか?」
「まだ、見てます。」
少し呆れるように笑った晋作さんの顔は、
背中越しの私からは見えなかったけれど...。
「じゃあ、会合に出てくる。良い子で待っていろ!」
私の返事を聞くと、晋作さんは藩邸の中へと戻っていく。
---少し静けさが増した夏の空の下、
しばらく、私は蝉を眺め続けていた。
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気付けば、もう辺りは夕日に染まり始めていた。
ずっと見ていた蝉の赤ちゃんは、
もう"赤ちゃん"じゃなくなっている。
もうすぐ、飛び去ってしまいそうな位、
立派にカラを破って外へ出た。
「おっ、まだ見ていたのか!」
「晋作さん!」
龍馬さん達との会合を終えた晋作さんが、ちょこんと私の傍に腰を下ろす。
「こいつ、ちゃんと自分の力で出たんだな。」
「うん...。」
「手を出さなかったお前も偉いぞ!」
そう言って、いつもみたいに私の頭を強めに撫でる晋作さん。
...こんな、何気ない一瞬一瞬が、今では私の大事な宝物たち。
夕日に染まる晋作さんの横顔。
...いつも傍にいるはずなのに。
今日の晋作さんの横顔は、このまま...
夕闇と一緒に消えてしまうんじゃないかって思うくらい、
儚くて、切なくて。
...灯篭のひかりみたいだった。
「ほら二人共、もうお入り。」
「桂さん...。」
お盆を持った桂さんの言葉に振り向く。
少し名残惜しい気がしたけれど、
私と晋作さんは部屋の中へ戻っていく...
その時だった。
「ジジッ---」
「わっ!」 「おおっ!?」
さっきまでゆっくりと羽を伸ばしていた蝉が、
勢いよく夕暮れの空に向かって飛び去って行った。
私の着物に、水を引っ掛けて...。
「っ---!」
「ははははっ!あいつお前に小便引っ掛けてったな!」
「わ、笑い事じゃないです!!」
「はははっ!!」
「ちょ、ちょっといつまで笑ってるんですか---!」
ぽん。
「っ---?」
...さっきと同じように、私の頭に手を置く晋作さん。
髪の毛を、くしゃりと乱したりはしない。
ふと見上げた横顔は、もう遠く離れた空をまっすぐ見つめていた。
「あいつはお前に礼を言ったんじゃないか?」
「お、れい...?」
「ああ。ずっと見守ってやっていたんだろう?」
...どうして、晋作さんの言葉はこんなにもまっすぐと心に収まるんだろ。
「ちょっと、変わった"有難う"でしたね。」
「まあ、蝉だからな!」
消えてしまいそうな晋作さんの瞳に映ったのは
遠い空に、少しずつ輝き始めた夜の星たち。
...人の瞳って、こんなに綺麗なものだったんだ。
硝子玉のように透き通る晋作さんの瞳。
「あのっ----!
「ほら、冷めてしまうよ。早くしなさい。」
「はいはい、小五郎君。」
「あっ...。」
大切な、何かを言いそびれた気がする。
...でも今は、お腹いっぱいになって、
また晋作さんとお話しよう。
私と晋作さんは美味しそうな煮物の匂いと
桂さんの声に誘われて部屋へ戻って行った---
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「ごほっ、ごほっ...!がはっ!!」
『晋作!! 晋作さん!!』
----あれから七年。
蝉を見送って、丁度一年後のことだった。
晋作さんが、体調を崩し、床に伏せるようになったのは...
「...晋作は、労咳なんだ。」
あまりにも聞きたくなかったその言葉。
"労咳" "労咳" "労咳"
その言葉が、頭の中をずっと巡り続ける。
晋作さんらしくない、あまりにも静かなその最期は、
まるで、長年眠り続けた蝉の命が儚く消えてしまうようだった---
・・・
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「口吸い、してやれなくて、すまん...。」
「何言ってるんですか...!」
「お前に...感染しちまうのが、怖い。」
「晋作さんっ...!」
『...だから、口付けくらいは、許してくれ。』
耳の奥にじんと残る晋作さんの声と、
あの時、確かに頬に感じた柔らかな感触。
"忘れられない"
その想いは募るばかり。
どうすれば、また逢えるのでしょうか。
貴方の温もり。
貴方の強さ。
すべてに。
願えば、すべてが許されるのでしょうか---
晋作さんがいなくなったその日。
私と桂さんは、抱き合って泣いた。
泣いちゃいけないって思う度に、
涙は止まらくなって零れ落ちていく。
「娘さん。...私はね、是を一つの運命だと感じている。」
「さ、だめっ...?」
「...ああ。そして己に対するけじめだとも。」
『私は、今日から"木戸孝允"だ。』
「きど...たかよし...?」
「...だがね娘さん。君だけには、これからも"桂小五郎"と呼んで欲しい。」
「っ---桂さんっ...!!」
きっと、もしも晋作さんが生きていても、
桂さんは晋作さんに同じことを言ったと思う。
思い出を、消したくないから。
ずっとずっと、遺しておきたいから---
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晋作さんが大好きだった梅の樹を焦がすように
今年もまた、日は照りつける。
あの日飛んで行った、蝉の声と共に---
『拝啓 高杉晋作様
お元気にしていらっしゃるでしょうか。
なかなか顔もお見せ出来ず、申し訳ありません。
変わりありませんか。私と木戸さんは、変わらずやっております。
・・・
・・・・
・・・・・
ごめんね。晋作さん、やっぱりいつもみたいにお話します。
今年も、またこの長州藩邸の在る京の街に夏がやってきました。
今まで当たり前にやってくると思っていた夏も
あの日以来、特別なものに感じます。
そして私と桂さんは、今日、長州藩邸を発ちます。
晋作さんと過ごした僅かな時間。
この地を離れるのは、とても名残惜しいけれど...
きっと、必ず戻ってきます。
あなたの、晋作さんのもとに。
だから私を、忘れないで---』
"誰が忘れるか!!"
「えっ...!しん、さくさん...?」
...
....
.....
あ、れ。何も聞こえてこない。
空耳、だったのかな。
一瞬聞こえたその声に筆を置いた私は、
筆先に一滴墨汁を垂らし、また筆を進める。
『...そうそう、聞いてください。
あの日、晋作さんが見つけた蝉の子と同じ場所に、
また、蝉の赤ちゃんが居たんです。
...きっと、あの子の生まれ変わりですよね。
だって。
だって...、
その子を見つけた時に、貴方の姿が見えたんですもの。』
筆を持つ指が、少し震える。
書いているだけで、涙が零れそうになる。
『...もう、お伝えすることはありません。
後悔も、泣き言も、ぜんぶ。
あの日、偶然見つけた貴方の姿。
出逢えて良かったって、心から思えるから。
愛しています、晋作さん。
ずっと、いつまでも。此れからも。
面白娘』
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筆を置き、庭へ出る。
晋作さん。
もう少しだけ、待っていてください。
私が、この夏の風を優しく受け止める事が出来るまで...
きっと、あと少し。
だから-----
「娘さん---そろそろ出よう。」
「あっ...。」
「晋作に、お別れはしたかい?」
「今から、言ってきます。」
「そうか、焦らないで良いよ。...好きなだけ、伝えておいで。」
「はいっ----!」
----私が向かったのは、晋作さんがあの子を見つけた木の下。
『---晋作さん。』
貴方に、恋をしていました。
それはあまりに短く切ない恋だったけれど
貴方を好きになったのに理由なんていらないの。
ただただ好き。
それだけ。
『愛しているじゃ、足りないくらいに…愛していました。』
私は書き終えた手紙を木の下にそっと置くと、
藩邸の門へ急ぐ。
「小五郎さんっ---!」
貴方がそう呼んだように、今日も私は、彼の名を呼び続ける---
『愛している、面白娘。』
---お前だけを、見守り続ける
いつか俺の元に来る、その日まで---
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