もう、夏ともさようなら。

私がこの時代に来て、最初の夏。

どことなく、寂しい。


でも、夏よりも温かな笑顔と、

幸せを与えてくれる人が、私の傍に居てくれる。

「高杉さん・・・。」

自分でも、気がつかない内に呼んでしまうの。

「面白娘?」

「わっ、高杉さん!!」

「なんだ、何をそんなに驚いてる。お前が俺を呼んだんだろう?」

「うっ・・・。」



私が彼の名前を囁くだけで、

いつでも私の居場所を知っているみたいに、

すっと現れては抱きしめてくれる。


「お前を、不安になんかさせない。」


高杉さんがそう言ってくれたとき、

私は本当に嬉しかったんだ。


それが、高杉さんの心からの言葉に思えたから...。

それに、私もずっと高杉さんの傍に居たい。

そう、願っていたから。


・・・私は今日の為に買った、

高杉さんへの贈り物を、

手のひらでぎゅうっと握った。


高杉さん、気に入ってくれるかなぁ。


その日は、朝からバタバタしていた。


高杉さん本人になるべく分からないように、

桂さん、そして藩邸の人達と綿密に打ち合わせ。



そして、やっと迎えた今日。

もうご飯の下ごしらえは完璧。

...とは言え、桂さんがほとんどやってくれたんだけど。





「君が作ったと話せば、晋作は気付かないだろう。」


そんな桂さんの言葉に妙に納得してしまって、

私は高杉さんへの贈り物のことで頭がいっぱいになっていた。




・・・




「...何を、面白い顔してるんだ?」

「えっ...?」

「俺様に何か隠し事をしてるだろう?」


・・・、まずい、ばれちゃいそうかも。


「隠し事なんてしてないです...。」

「嘘言え、お前はすぐ顔に出るんだ!」

言ってみろと、どんどん迫ってくる高杉さん。

どうしよう・・・。


「晋作!!」


ふと、後ろから桂さんの声が響いた。

「なっ、何だ小五郎...。そんなに怒って...。」

「お前は何度言うても分からんか、そん子にあまりいらうんやない!」


「「えっ...?」」

桂さん、今...?

私と高杉さんは、思わず顔を見合わせた。


「てんくら、ちばけるのも大概にしとき。
晋作、お前には何度やいとを吸えたことやら。」

「すまん・・・。」


あ、あれ?
いつもは言い返す高杉さんが、
やけに今日は素直だ・・・。


「はぶててんで良いから、さっさと部屋へ戻り。」

「う・・・。」


とぼとぼと部屋へ戻っていく高杉さん。

...きっと方言なんだろうけど、少し言い過ぎじゃない?

いくら誕生日のためとは言え...。

そっと横目で桂さんを見ると、"あれ位仕方ない"
といった表情で高杉さんを見ていた。


でも・・・。


「・・・小五郎の、へんくう。」


...そんな高杉さんの呟きを、桂さんは聞き逃さなかった。

「晋作、お前っ!」

静かに高杉さんを見ていた桂さんの表情は

一瞬で変わって、必死に逃げていく、

高杉さんを追いかけて行ってしまった。


「なっ、なんだかなぁ。」


思わず溜息が出てしまう。

...でも、何だかとても、楽しそうに見えた。

二人が長州で過ごした子供時代も、

あんな風に遊んでいたのかな...?


少し、羨ましいような、不思議なような...。


「ふふっ。」


思わず笑ってしまう。

私はそっと、二人の背中を追いかけた。




「ったく、小五郎の説教は辛抱堪らん!!」


どんっ、とお酒を机の上に置き、
一気に飲み干す高杉さん。

...さっきから、ひたすら桂さんの愚痴ばっかり零してる。

あーあ、食べながら話すから愚痴だけじゃなくて
食べ物まで零れちゃってるよ...。

そして、桂さんはと言うと・・・
愚痴を言う高杉さんをそっと見つめ、
微笑んでいた。


「だがね晋作、あれはお前が...」

「あ゛ー!!分かった、もう分かった!!」

・・・気が変になりそう・・・。

どうにか仲介させないと、私も身がもちそうにない。


「あっ、高杉さんっ、高杉さんに渡すものがあるんです。」

私の言葉に、高杉さんの動きがぴたりと止まった。

「おっ、俺にか...?」

「はいっ。」

元気良く返事をする私の背には、
ほっと安堵の表情を浮かべる藩邸の人達の
視線が突き刺さっていた...。


・・・


「はい、どうぞ。」

「おおっ?」

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私が高杉さんに用意したのは、
綺麗な蒼い色をした耳飾り。


「綺麗、だな...。」

「高杉さんに、似合うと思って...。」

ふと横目で桂さんを見ると、
桂さんも優しく微笑んでくれた。

「有難う、面白娘...。」

「...それ、首飾りにもできるんです。好きな方で使ってくださいね。」


そう言って、高杉さんは笑ってくれた。

...嬉しい。

高杉さんって、基本的にいつも褒めてくれるけど、
こんな表情をしてくれるなんて...。

こういう顔を見せてくれるのって、
もしかして、私だけかな...?

普段は、そんなことなんて考えないのに、
何故か、今日はそんな風に思いたくて仕方なかった。


・・・、私はしばらく幸せな気持に浸っていると、
桂さんが私に目配せする。

あっ、そうだった・・・。

「えっと、桂さんからもあるんですよね...?」


そっと桂さんに目で合図する。

桂さんは、こくりと頷いた。


「ああ。晋作、誕生日おめで「...いらん。」」

「「えっ?」」

「小五郎からはいらん。」


な、何言ってんの高杉さん。

桂さんは、高杉さんに合う物を真剣に選んでたのに...。

高杉さんは、桂さんの気持を受け取らないの?


「晋作...。」

「俺は、面白娘だけで十分だっ!!」

・・・。

桂さん、すごく悲しそう。

桂さんは、いつも高杉さんを思うあまり、
お説教が長かったりする。

でも、それって、きっと愛情だと思う。


「高杉さん...。」

「何だ?」


・・・何だか、いつもの高杉さんじゃないみたい。

さっきまでの優しい表情とは打って変わって、
冷たくて、少し怖い表情。


「桂さんは、高杉さんのこと思って...。」

「分かってる!!だから、もう十分なんだ。」


そう、私に向かって怒鳴ると、
高杉さんは部屋を去って行った。


「桂さん...。」


「...すまない、娘さん。折角の誕生会を台無しにしてしまったね。

私が、晋作を傷付けてしまった。」


桂さんが...?

それってどういう意味だろう。

思わず聞きそうになる私を制するように、
桂さんはぽんと私の頭に手を乗せて、
優しく撫でてくれた。

...隠すように見上げた、桂さんの表情。

すごく切なそうに、高杉さんが去って行った
廊下をじっと見つめている。

「私、高杉さんの所に行ってきます!」

「娘さん...。」

驚いた顔で私を見る桂さんを他所に、
私は床にぽつりと置いてある桂さんからの
贈り物を手に高杉さんを追った...

薄暗い廊下の中を歩いていると、人影が見えた。

良く見えないけれど、
その人影はきっと、横たわっている...。

すごく、嫌な予感がした。


「高杉さんっ!!」

「っは...。」


うそ、高杉さんっ!!

...横には、真っ赤に染まった私のプレゼント。

ずっと、握り締めていたの...?


「高杉さ「面白娘...。」」

私の声を遮るように、高杉さんが私を呼ぶ。


「誰も、呼ぶなっ...!」

「こんな時に、何言ってるんですかっ!?」


「お前が、面白娘が居れば良い...。」

「っ...。」


その言葉に、私は何も言えなくなってしまう。


「は、はは...。すまねぇな...。」

...力無く笑う高杉さんに、私は泣いてしまいそうになる。

「なんだ、泣いてるのか...。折角の美人がっ、台無しだ。」

「っ、高杉さんっ...。」

きっと、高杉さんは本当に強い人なんだ。

すぐに泣いてしまう、私なんかとは全然比較にならないくらい...。


「そんなにっ、酷いか?...俺は。」

「っ...!」

どうして、そんなことを聞くの?

辛いなら、それ以上話さないでいいよ。
凄い量の冷や汗をかいて、息の荒い高杉さん。

今の状況を見て、私は軽く言葉なんて掛けられない。


「ははっ、嘘...だ。自分の身体の事は、
自分が一番分かっている...。」

「高杉さん...。」

「俺は、もう長く、ない。...告げようか迷っていたんだがな。」

「・・・!」

私は、頬に一筋の涙が流れた。

そんなこと、聞きたくなかった。


「...小五郎にっ、悪い事しちまったな。」

「普段、あんな事をしない小五郎がな、
急にしやがるから...。
何だか、もう、俺が短いことを見越してるみたいに感じてな...。」

「...まるで、俺が迎えられる夏が、最期のように。」



「面白娘...?」

「大丈夫っ、私が居ます。」

…私は懐に仕舞っていた桂さんからの
プレゼントを高杉さんの左手に、そっと握らせる。


「…桂さんも。」

無意識の内に、高杉さんを抱きしめていた私は、
...冷たい氷みたいに、冷え切っている背中を
自分の熱を分けるように、強く抱きしめた。


「面白娘...。」

私、泣きそうな顔してないかな...?
高杉さんを、不安にさせていないかな...?


「月が、綺麗ですよ。」

「ん...?」

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暗闇の中、そっと、二人で見上げた月は

きらきらと、曇った心を照し出すかのように輝きを増していた。


「ああ、綺麗だ...。」

「...もう、すぐ秋ですね。」

「早い、な。」

「...高杉さんと初めて会った時から、どのくらい経ちました?」

「ま、だ少ししか、経ってないな...。だが、お前とは、もう幾年も過ごしてるように感じる。」

「私も、です。...最初は、本当に無鉄砲で、我が儘で、手のかかる人だなぁと思いました。」

「いつだって自分中心だし、いつも私の髪の毛くしゃくしゃにするし...。」

「は、は。病人に掛ける言葉じゃないな、そりゃ...。」



「でもね。私は、そんな貴方が大好きなんです。」


...自分じゃないみたいに、言葉がするすると出てくる。

だってきっと、今伝えなければ、

私は一生後悔するから...。


声が震えているのを痛感しつつも、私は続けた。


「だからっ、ずっと、一緒に居たいっ...!」

「私は未来には戻らない。一生、高杉さんの傍に...居たいから。」


涙を堪えて言い切った私に返ってきた言葉は、

思っていたよりも簡単で...。

でも、とても温かいものだった。


「もう、分かった。分かった面白娘...」

「ずっと、ずっと傍に居てくれ。例え、俺が先に逝ったとしても...。」


「はい...。」


月明りに照らされた高杉さんは、とても綺麗だった。


私は彼の耳元で囁く。

「愛しています。」

「来年のお誕生日も、その次の年も...
ずっとお祝いしましょう。」

「...来年は、お前を貰おう。」


さっきの苦しそうな表情は嘘みたいに、

明るい笑顔で笑った高杉さん。


俺も、愛している。


いつもより小さな声で囁いた彼の声は、

蟋蟀達の合唱と混ざり合い、

この世界で一番美しい旋律を奏でた。

・・・
・・・・
・・・・・

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