いくたびも

・・・

雪の重みで屋根の軋む音が聞こえる。
きっと、外ではかなり雪が積もっているのだろう。
子供達の遊び声が聞こえてくる。
近所の奴らだろう。きっとあいつらだ。
いつも俺と面白娘のことを冷やかしては、
大袈裟に笑い、満足気な顔で逃げて行った。

幼い子供ならではの甲高い声。
床にふせるまでは神経を逆撫でする煩わしいものであったが、
今となっては縁側で面白娘と眺めていた頃が懐かしく、
心地良いものになっている。


...あいつは今、どうしているのだろうか。
"未来永劫、愛し続ける"と誓ったが、
きっとそれは長くは叶わないだろう。


以前、あいつが帰って間もない頃、
小五郎に尋ねた事がある。



「やはり、あいつを未来に戻してやって正解だったな。」
俺はいつもの調子で小五郎に問いかけた。

すると、小五郎は神妙な顔つきで言った。
「...どうしてそんな事を聞くんだ?」

...そんな事、俺が言わなくても察しの良いこいつなら分かるはずだ。
が、俺は敢えて答えた。


「俺のこんな姿なんて、あいつは見たくもないだろう。」
小五郎をまっすぐ見つめそう言うと、
"あまり自暴自棄になるものではない。"と、
俺の少し冷えた背中に毛布をかけた。

「私には彼女の気持が全てが全ては分からない。だが、
面白娘さんは、晋作のどんな姿でも受け止めたと思う。」

---それだけ言うと、小五郎は部屋から出て行った。


"晋作さん、そっちは池です、危ないですよ!"

"凍っているから大丈夫だ!!...うわっ!!"

"あー!!だから危ないって言ったのに...大丈夫ですか!?
風邪、引いちゃいますよ...。"

"お前が近くに居てくれりゃ温かいぞ!"

"またそう言う...。本当に風邪引いちゃいますから早く戻りましょう。
ただでさえ、不安なのに..."

"俺はお前がいる限り死なん!心配するな!"

"でも、無理はしないで..."

・・・

...

....

.....

夢、か。

小五郎との話を思い出している内に寝ちまったんだな。
あいつの笑顔、久しぶりに見た気がする。
...だが、笑顔よりも悲しい表情の方が多かった。
せめて、夢の中だけでも笑っていてほしいものだが。

日に日に弱り、思い通りにならなくなる自分の身体に苦笑しつつも、
面白娘と眺めた景色を思い出す。
もう一度だけで良い。あの子供達のように、
よごれのない純白な雪と戯れてみたい、と切に願った。
未来へ帰ったあいつと、面白娘と二人で。


...小さく戸を叩く音が聞こえる。
小五郎が"茶を淹れたよ"と部屋に入ってくる。

...あいつもよく茶を淹れてくれた。そんな事を考えつつ、
湯のみに口を近づける。
一口茶を啜り、また布団へ逃げるように潜った。

「晋作...」小五郎が不安そうに俺の名を呼ぶのを遮り、
小五郎にいつか吹っ掛けた問いを、
もう一度問うてみる。

「なぁ小五郎。あいつを未来に帰したことは、
俺にとって正解だったのか...?」

"俺にとって"なんて言うつもりは無かったが、自然と口から零れてしまう。



すると、小五郎は"ふふっ"と何時も以上に柔らかく微笑み、軽く溜息をついた。


「...さぁ、どうだろうね。"己の心に問うてみろ"、
大久保さんがよく使う言葉だ。」

小五郎の満足そうな表情に普段なら苛立つが、
今日は心が穏やかであった。
小五郎...いや、大久保さんの言葉を
素直に受け入れてみよう。

...俺は暫く黙って考え、小五郎に言った。

「俺、未練だらけだな。」

恥ずかしさからか、少し顔に熱が上がってくるのが分かる。


照れ隠しで寝返りを打つと、小五郎は
何時になく優しく微笑み、こう言った。

「ふふっ、そのようだね。だがね、晋作。
それは彼女も同じ気持かもしれないよ。
晋作、お前と面白娘さんは、
きっと何処に居ても結ばれている。
...だからお前は病を治すことに専念しろ。」

小五郎らしからぬ、その言葉に驚きつつも、
こいつが伝えたかったのはこれなんだと一人で納得した。

・・・

雪が先程にましてしんしんと降る中、
まだ子供達は遊んでいる。

あと、何度この地の冬を感じ取れるだろうか。
不思議と、少し軽くなった心を忘れぬよう、
俺はまた眠りにつく。

瞳を閉じると、自然とあいつの笑顔が浮かぶ。

大丈夫、大丈夫だ面白娘。
俺は、お前とまた雪を見るまで死なん。
絶対に...。


…あいつを諭しているつもりだが、
本当に寂しいのは俺なのだ。


...本当は手放したくなかった...
面白娘・・・。

「なぁ、お前の帰った未来にも、
雪が積もっているか?」

何も無い空虚な天井に、
俺は何度も問いかけた。

いくたびも雪の深さを尋ねけり...
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